【君と出逢ってから、私は・・・】
幼い頃からずっと、神様と崇められて生きてきた。洞窟の奥の薄暗い祭壇に鎖で繋がれて、訪れる村人たちの願い事を神秘の力で叶えてあげる。そうすれば供物にと、水と食事とが分け与えられる。
私の置かれた環境が、世間一般から見れば間違いであることは知っていた。風を操ればいくらでも、外の世界の知識は耳に入ってくる。だけどそれでも、別に良かった。私がここで『神様』をしていれば、同じ力を持った弟は平穏無事に村の中で生きられる。少なくともあの子が大人になって、この村を出ても生活していけるくらいに成長するまでは、甘んじてこの状況を受け入れるつもりだった。
「こんなのおかしいよ……! 絶対俺が、ここから君を出してあげるから!」
だけど村長の息子の少年は、そう私の手を取った。弟のことも私のことも、全部絶対に助けてみせると、無垢な瞳で宣言した。ああ、なんて馬鹿馬鹿しいんだろう。この村の大人は誰一人として、私たちの自由を許さない。私たちの持つ力を利用して利益を貪ることしか考えていない。子供の浅知恵なんかで、逃げきれるわけがないのに。
目の前で村長がにたにたと笑っている。神様、どうか我々の願いをお聞き入れください。形ばかり頭を下げるその態度に、無性に苛立ちが募って仕方がなかった。
ふざけるな。腹が立つ。消えてしまえ。沸き立つ感情に呼応するように火花が弾けかけたのを、無理矢理に抑えつける。全部、全部、燃え散らしてしまえたら、どれだけすっきりするだろうか。
(君のせいだよ、馬鹿)
私たちなんかに手を伸ばしてくれる人もいるのだと、知ってしまった。何の打算もなく私たちのために怒ってくれる人の存在を、知ってしまった。それが私にとって、どれほど甘い毒だったか!
荒れ狂う情動を奥歯に噛み締めて、私は持ち込まれた願い事を『神様』として叶えるために、いつも通り神秘の力を行使した。
――君と出逢ってから私は、理不尽を憎むようになりました。とっくに殺し尽くしたはずのこんな感情、忘れたままでいたかったのに。
5/5/2023, 11:27:05 PM