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バイクで走るのが好きだった。
風を感じる。生きてる感じがする。
苦しかった肺が膨らみ、ようやく呼吸ができるようになる。

だから彼にもバイクに乗ってくれるようにせがんだ。優しい彼は「いいよ」と笑って免許を取ってくれた。何度も一緒にバイクで出かけた。彼の運転は安全で、穏やかで、少し物足りなかったけど、それでも良かった。

私のバイクを修理に出してる間、彼の後ろに乗せてもらった。
彼の運転は相変わらず安全だ。
街を出て山道に入る。
いつも私たちが走っている場所。
少しだけ、スリルが欲しかった。

「もっとスピード出して」
「だめだよ」
「だって、これじゃあ息ができない」

彼によく言っていた。
バイクに乗っている時だけ、呼吸が苦しくなくなると。優しい彼は「わかった」と言って、スピードを上げた。
「もっと」「もっと」
少しずつ彼はスピードを上げてくれる。
景色が変わる。呼吸ができる。

「もっと」
「これ以上はだめだよ」

困ったように彼がそう言った瞬間、生い茂った草むらから何かが飛び出してきた。何かはわからない。シルエットは小さな四足歩行の動物。狐か狸か、たぶん、そんなのだ。
彼は避けようとハンドルを切った。動物にはぶつからなかった。けれど、スピードが出過ぎて制御ができない。バイクはそのまま横転する。山道に投げ出される身体。音を立てて転がるバイク。全てがスローモーションだった。

うつ伏せて倒れた身体を起こす。
手も足も動く。起き上がって周りを見ると、動物の姿はなかった。……彼の姿も。
転がったバイクの先に崖がある。
まさか、彼はここから?
震える手でスマホを取り出し、救急隊を呼ぶ。
彼にも電話したけれど繋がらない。何度かけても繋がらない。ああ、ああ。神様。
私がスリルがを求めたばかりに彼が。
救急隊の手を振り切って、救助隊の背中を見つめる。
どうか助かってと願いながら。

11/12/2023, 6:30:49 PM