かたいなか

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「『書き終わったら面倒でも声に出して読め』が、俺の卒論の先生の言いつけだったわ」
題目配信翌日の朝ようやく整った短文の、誤字を直しながら某所在住物書きが呟いた。
「俺に限ったハナシかもしれんが、意外と黙読じゃ、誤字脱字等々読み飛ばしちまうのよ。先生のおかげで昔、一度だけ校正の仕事貰ったことあるわ」
それが俺の「誇らしい」かな。物書きは回想する。

「で。……今日もこのバチクソ手強いお題か」

――――――

8月14日投稿分から続く、2019年のお盆のおはなしも、今日でようやく最終話。
雪国の田舎出身という捻くれ者、藤森の里帰りに、「雪国の夏を見てみたい」と、都会育ちの親友宇曽野が、無理矢理くっついてゆきました。

最終日3日目の夕暮れ時、東京へ帰るその前に、
藤森は藤森自身の旧姓の、つまり実家の名字である「附子山」の、由来であるところの山へ、唯一の親友である宇曽野を案内しました。
未婚の藤森に旧姓がある理由は、7月20日投稿分の過去作参照なのですが、要するに色々あったのです。いわゆる諸事情というやつです。

「四代藩主が統治していた頃だそうだ」
アスファルト舗装された山道を、藤森は実家に伝わる昔話をしながら、軽自動車でスイスイ登ります。
「民情視察のため、まだ村だったこの地を訪れた藩主が、視察を終えて帰る前に体調を崩してしまった。
藩主の不調を漢方薬の附子で癒やしたのが、村の医者をしていた私の先祖だったらしい」

助手席の宇曽野は花より団子。
「帰りの道中で食べなさい」と渡された茹でモロコシをガリガリしながら、
木漏れ日溢れる道路を、ちらり咲き覗く花々を、草むらの中で昼寝中らしい子狐を、見つめています。

「金銀錦の褒美を辞退した謙虚な医者に、藩主は深く感心して、かわりに薬草豊かな小さい山と、『附子山』の名字を与えた。――それが、私の『旧姓』のルーツ、ということになっている」
真偽は不明だがな。藤森はポツリ付け足しました。

「誇らしそうにしてる」
「『誇らしそう』?私が?何故?」
「お前は素直で正直だから分かりやすい」
「回答になってない」

車を停めて、エンジンをきって、降りた場所は開拓され開けた小さなハーブ畑。
「俺に見せたかったのはコレか?」
誇り高い「騎士道」の花言葉を持つ、白花のトリカブトと、厭世家な「人間嫌い」の紫のトリカブトを、そのツボミを、宇曽野が見つけて聞きました。
「まさか」
返す藤森はニヨリいたずら顔。
畑の大きなミカン科の木から、なにやら小さい緑の実を十粒収穫して、ペットボトルの水で洗って、
「コレだ」
問答無用で、宇曽野の口の中にダイレクトアタック。

「?」
なんだこれ。鼻を突き抜ける柚子か酸っぱいミカンのような、シトラスの香りを感じながら、カリカリ粒を噛み砕く宇曽野。
藤森の意図を勘繰り、数秒首を傾けていたところ、
「……、……ッ!……ア……!」
突然、唇がピリピリ、舌がヒリヒリ、唾液がドンドン溢れてきて、痺れる強烈な「何か」を感じました。

「ふじもり、きさま、あぁくそっ!」
藤森から水を引ったくり、口の中をすすぐ宇曽野。
藤森は、それはそれはイイ笑顔で、例の小さな緑を、未熟な実山椒を、プラプラ宇曽野に見せました。

そりゃ山椒の実を生で十粒も食ったら舌と唇が無事数分敗北するのです(よい子は程々にしましょう)

「はははっ、辛いだろう!つらいだろう!私の冷蔵庫のプリンを毎度毎度勝手に食う罰だ!」
「にしても程度があるだろう、程度が!」
「程度?そうか、足りなかったか!」
「ちきしょう、お前も食え!食っちまえ!」
「ハハハハハ!はは……、ぁっ、……が……!!」

ひとしきりポコポコ暴れてヒリヒリ舌と唇を痺れさせて、水を分け合って。藤森と宇曽野は仲良しこよし、お土産の茹でモロコシでガリガリ口直しをしてから、東京行きの新幹線で、帰ってゆきましたとさ。
おしまい、おしまい。

8/16/2023, 10:36:13 PM