夜雨と春歌

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【澄んだ瞳】



 未来の話をしよう!
 そう提案したその時、春歌の頭の中は確かに、希望と期待に満ち溢れていた。

 高校卒業したら進路どうする?
 ヨウは頭いいから、イイトコの大学も狙えそうだよね。わたしは成績よくないし、そしたら別々になっちゃうね。小学校も中学校も高校も、ずっと一緒なのにね。……もっと勉強しとけばよかったかなぁ。でもわたし、勉強嫌いだしな。
 違う学校行ったとしても、会わなくなるわけじゃないもんね。
 仕事はさ、どんなのしたい?
 わたしは、人といっぱい接するヤツがいいなー。ショップのスタッフとか。テーマパークのキャストとかもおもしろそう。
 ヨウは逆に、あんまり人と話したりするの好きじゃないもんね。凝り性だし、なんか専門的なの似合いそう。専門的が何かって言われたらわかんないけど。
 住むトコも重要だよね! 駅が近い方が便利とか、ちょっと郊外ぐらいが静かで広い! とか。
 わたしはね、一軒家よりマンション派だよ。何年かに一回引っ越して、ガラッと環境変えたり。でもヨウは環境変わると体調くずしちゃうから、おんなじトコでもいいよ。
 こどもはね、いっぱいいたら楽しいよね! でも、大変な生活させたくはないから、ムリのない範囲の大家族が理想かな。

 たくさんたくさん語った春歌に、夜雨はただ黙って聞いて、時々頷いた。それだけだった。
 だから春歌は訊いた。
 ヨウは?
 春歌はなんの恐れもなくただただ夜雨の未来を聞きたかった。そこに自分が存在することはとても自然なことだったので。
 当然と思うことすらなく、春歌の未来に夜雨が存在するように、特別でもなんでもないことだった。

 夜雨は腕を組み、首を傾げて少し考えた。
「この歳で将来のこと決めるのって難しいよな……。その辺はまぁ、おれは追い追い。とりあえず目標は、他人様に迷惑かけることなく生きて、他人様に迷惑かけることなく死ねれば、それで十分だわ」

 未来の話をしよう!
 そう提案したその時、春歌の頭の中は確かに、希望と期待に満ち溢れていた。
 春歌は良い人生送るよ。目に見える。
 そう優しい顔で、柔らかな声では言えるくせに、そこに自分を置けないひとの目を見るまでは。
 普段は伏せがちに光の少ない目をしているくせに、こんなときばっかり真っ直ぐ、澄んだ瞳をする。

7/30/2023, 4:54:30 PM