モノクロの街
朝、目覚めると世界が色を失っていた。
窓の外に広がる街は、灰色と黒の濃淡だけで構成されていた。赤いはずのポストも、緑のはずの木々も、すべてがモノクロ。まるで古い映画の中に迷い込んだようだった。
「夢…じゃないのか?」
そう呟きながら、尚人はゆっくりと服を着替え、外に出た。人々は普段通りに歩いている。誰も色の消失に驚いていない。まるで最初からそうだったかのように。
尚人は、色彩を扱う仕事をしていた。広告会社でデザインを担当していた彼にとって、色は言葉以上の表現手段だった。だからこそ、この世界の変化は、彼の中にぽっかりと穴を開けた。
「色がないと、伝えられないものがあるんだ」
彼はそう信じていた。
だが、モノクロの世界で過ごすうちに、尚人は少しずつ気づき始める。影の濃さ、光の角度、質感の違い。色がなくても、そこには確かに“表情”があった。
ある日、彼は公園で一人の少女に出会う。彼女はスケッチブックに鉛筆で絵を描いていた。モノクロの世界を、モノクロの線で。
「色がなくても、綺麗だよね」
少女はそう言って微笑んだ。
その笑顔は、尚人にとって初めて“色”を感じさせるものだった。赤でも青でもない、けれど確かに温かい色。
その日から、尚人はモノクロの世界を受け入れ始めた。色がなくても、伝えられるものがある。むしろ、色に頼らない分、心の奥に届く何かがある。
そしてある朝、尚人が目を覚ますと、世界は再び色を取り戻していた。
だが彼は、以前のように色に頼ることはなかった。モノクロの記憶が、彼の中に新しい“視点”を与えていた。
お題♯モノクロ
9/29/2025, 2:49:44 PM