aoharu

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「はあ?」

我ながら素っ頓狂な声が出た。
無理もないだろう。突然道端で女に話しかけられたと思ったら、「アナタ、私の彼氏でしょ」とか言うんだから。

「違いますけど」
俺はきっぱりと言った。この女、顔は美人だが、あまり関わってはいけないタイプなのは間違いない。

「あれー?違ったかぁ。ちょータイプだと思ったんだけどなぁ」
女はくるくると髪を弄びながら言った。

「新手のナンパですか?」
「私記憶喪失なのよ」

何気ない質問に予想外の答えが返ってきて俺は狼狽した。やはり、コイツはちょっとオカシイ人なのか…?

「あーッ!いたいた!いましたよッ!」

俺がどうやってこの場を切り抜けるか考えていると、前方から白衣の女性が数人走ってきた。

「捕まえたーッ!」
「んぎゃッ」
白衣の女性たち——その正体は看護婦だった——は女の体をガッチリと捕まえて言った。
「んもー!ナイトウさん!病院から出るのは退院した後にしてくださいッ!」

「ふぁーい」と口をとがらせて、女は看護婦たちにず引きずられるようにして去っていく。

「あッそうだ!」女は唐突に何かを思い出したように私に向かって叫んだ。
「私、じつは彼氏とかいたことないっぽいのよね!友だちも少なかったみたい。でも今は昔のことなーんにも覚えてないから、この機会に彼氏くらいつくっとこうと思ってえーッ!」

ずるずると引きずられながら必死に叫ぶ彼女を眺めながら、俺は考えた。
やっぱりオカシイ女だ。あんなヤツのことを気にする義理は俺にはない。もう金輪際あんなのに会うことはないと思う。思うのだが…。

「ゼロからのスタート、か」

記憶喪失にしてとことん前向きな行動をとる彼女に、なんとなく羨ましいような、尊敬の念のようなものが生まれて…。
いや、こない、か。
俺はくるりと踵を返し、そのまま元来た道をふたたび歩き始めた。

                  【0からの】

2/21/2024, 10:44:33 PM