金持ちの娘を誘拐した。
なんでもない日だというのに、主張の激しい、煌びやかなドレスのようなものを着ていたものだから、すぐにあいつの娘だと分かった。
「無駄よ。」
青白い肌を縛り付ける結束バンド。娘はナイフを持つ俺に動じる様子もなく、口を開いた。
「身代金目当てなら、今すぐやめなさい。」
どうせなら口も塞いでおけば良かっただろうか、そんなことを思いながら、俺は電話を手にする。父親の番号にかけると、すぐに繋がった。
「…お前の娘を誘拐した。返して欲しければ、身代金の二億を用意しろ。」
『なんだ、お前は。一体誰だ?』
「娘を殺されたくなければごちゃごちゃ言わずに金を用意しろ。いいのか?娘の目と鼻の先にナイフが突き立てられても。」
『何を言ってるんだ。そんなの、払うわけないだろう。』
「………は?」
思うようなセリフが返ってくることはなく、しばらく沈黙が流れる。あまりの気まずさに娘に目配せすると、分かりきっていたかのような顔をするためどうしようもない。
『私は何よりも、金が一番大切なんだ。娘に二億払うだなんて、君は何を言っているのか分かっているのかい?』
「いや、お前。お金よりも大切なものってもんがあるだろ。娘はそうじゃないのかよ。」
『あぁ、違うとも。』
「………なんてこった。」
やってしまった、よりによってこんなにやばい家に関わってしまった。仕方がない、娘を置いて逃げるか、しかしここまでして金が全く入らないなんて馬鹿な話だ。
「ックソ、なんて親なんだ。」
「だから無理って言ったじゃないの。パパはお金にしか興味がないの。」
この娘が可哀想になってきた。俺はなんでことをしているんだろうか。
「もう解放してやるから、帰れよ…。」
「ここまでしたのにいいの?」
「お前の事見てたら、なんか金のこととかどうでも良くなってきた。」
「なら、早くこの結束バンド解いてくれない?」
自分が情けない、数ヶ月前から計画を立てていたというのに、全部水の泡だ。結束バンドを解こうとしたその瞬間、首筋に衝撃が走った。そのまま地に這いつくばり、薄れる意識の中で娘の笑い声が聞こえる。
「私のパパはお金がこの世で一番大事なの。私なんかよりも、自分の命なんかよりもね。だから分かってたの、パパが私の着てる何千万もするドレスを見捨てることはないだろうってね。」
まさか、誘拐犯の居場所を特定して、1人で、命知らずの父親が乗り込んできたってことなのか?娘ではなく、ドレスのために?
「………なん、だよ…そ………れ。」
刑務所を出たら、俺は金なんかよりも大切なものを見つけよう。そんなことを考えていたら、俺の意識はなくなった。
3/8/2024, 1:38:34 PM