「先輩、吊り橋効果って知ってますか?」
きゅるん、と表現するらしいあざとい目つきを向けられる。分かる、分かるよ。今日も文句なしに可愛い。俺が独り占めするのがもったいないくらいに。
「あれだろ?スリルで感じてるドキドキを、相手へのドキドキと勘違いしちゃうってやつ」
めんどくささを演出しつつ、俺はきちんと解答する。きゅるんを維持したまま小刻みに頷く小顔の彼女は、疑う余地もないほど可憐で可愛い。
「先輩、」
「嫌だ」
途中で遮った誘いの言葉。テーマパークに連れて行こうとでもしているんだろうか。
「えぇー、なんでですかー?」
言われる前から寸分違わず予想していたリアクション。予想できる自分もなかなか怖い。
「勘違いだろ?本物じゃないんだろ?」
呆れた口調で突き放すように言うと、彼女も不服そうな顔を作った。まるで俺達、台本のない寸劇をしてるみたいだ。
「きっかけ作りなんだから、最初は勘違いでいいんですぅ」
「今さらきっかけとか……」
この1ヶ月近く、登校から下校まで、休み時間ももれなくストーキングしておいて、よく言えたもんだ。おかげで毎日怖くて仕方ない。
「あ、先輩、帰るんですか?」
カバンを手に取った途端、彼女ははじかれたように立ち上がった。どうせ付いてくるだろうと思っているけど、一応、拒む様子は見せておかないと。
「バイバイ。気をつけて帰れよ」
「えぇ~!置いてかないでください!」
俺の歩調に合わせて急ぎ足になりながら、彼女は一生懸命に付いて歩く。親ガモの後に続く子ガモみたいだ。
本来なら会話なんか弾むわけもないけど、1ヶ月も付きまとわれたせいかそれなりに2人のペースが噛み合ってしまった部分はあって、傍から見れば俺様彼氏とあざと女子の組み合わせで自然に映るかもしれない。それに、たまには2人で笑ってしまうこともある。怖すぎる。
「じゃあな。明日は来んなよ。絶対、来んなよ」
俺のマンションの前で念を押す。姉ちゃんに目撃されて以来、家族の中で俺には可愛い彼女がいることになってしまった。否定すればするほど肯定に取られるという恐ろしい現象。だから、怖いって。
「来ます!絶対、来ます!」
両手を胸の前で握り合わせ、興奮した犬みたいに俺を見上げる彼女。入学してから何人、魔の手に引っ掛けたんだよ。積み上がってく経歴の中に自分も挟まれると分かってて、突っ込んでく男も男だけど。
「じゃ」
背中を向けてマンションの入口のロックを解除する。ここを突破してきたことはない。俺が中には入ってしまえばおとなしく帰っていく。
「はぁ……」
エレベーターに乗ると自然にため息が漏れた。
ガチで困ったもんだ。明日のことを考えると怖くて仕方ない。明日、マンションを出て、彼女がいなかったら。彼女の強い愛情表現を受ける度、俺は怖くて仕方なくなる。喪失の怖さ。彼女の中で過去の1人に積み上げられる怖さ。
俺の分析では、なびくまでがゲームなんだ。自分のものになったら飽きてしまう。だから、これが最良の方法だと信じつつ、恐怖心は常に抱いている。スリル満点のドキドキは毎日感じてるんだから、吊り橋なんか渡らなくたって大丈夫だ。
彼女は気づいてないだろうけど、彼女の入学直後、人気のない公園で見かけたことがある。きゅるんとしてない自然な表情に俺は一瞬で惹かれた。ベンチに座る姿勢も余計な力が抜けていて、それから彼女が校内で発揮していく悪女っぷりとは、かけ離れた姿だった。
あれを引き出せない限り、俺じゃダメなんだろうと分かってる。始まったら終わりが見えるレースに参加するのは嫌だ。
明日、来るかな、あいつ……。
考えるとゾッとする。いっそ息の根を止めてほしいような、やっぱり嘘でも一緒にいたいような。万が一、俺が本物になれる可能性……ないんだろうな、今のところ。
いますように……。そして、できれば明日こそ。
希望を失わなければ、あながちスリルも悪くないかもしれない。とんでもなく可愛い彼女の顔を思い浮かべながら、俺は明日に向けて気合いを入れた。
《スリル》
11/12/2024, 8:56:36 PM