正直言って僕は平凡なわけで。多数の中で埋もれる存在で。
僕自身がそんなだからと言って、じゃあと周りに特別な繋がりがあるという訳でもないし、居場所になるような人がいるわけじゃない。そんなストーリー性も何もない僕だけど、僕なりの生き方があるわけで。
本当に全部どうでもよくなったら死んでいいことにしている。
だいたいこんなことを口に出せば色々なことを言われるけど、今すぐ死にたいと思ってるわけでもない。
ただこれが、僕なんだ。
あの頃の僕は特に、何をするにも恐ろしくて、全てが不安だった。だから毎日何十回でも“どうせ死ぬから”って唱えて、ずるずると持ち堪えてきた。
どうやったって生きていればしなくちゃならないことがあって、それがたとえ自分にはできなくたって、できるできないじゃなく、やるかやらないかの基準がほとんどなんだから。
僕は動けなかった。意思とは反対に足は竦んで後退りして。疲れたから休む。それがうまくできないようで。
立ち止まるのが苦痛で、足掻いて、余計に自分にムチを振るって。
立ち竦むことしかできない自分が嫌で、それ以上に周りの目が怖くて。
ただただ全てが不安定で。思考も感情も覚束なくて。
やっとの思いで身体を持ち上げても、次にどうしたらいいか分からなかった。前を見ればそこには失敗する未来しか見えなかった。失敗だとか、とてもあの頃の僕には耐えられなかった。その度に、耐えられなくていいや、死んじゃえ。って感情を逃がしていた。
自分が今どんな表情をしてるのか分からなくて、目が合わせられなくて。落ち着かなくて。「挙動不審だ」なんて言われても取り繕う余裕がなくて。
逃げるように会話を避けて。
自分がコントロール不能になって、全ての自信が崩れ散った。
社会はそこまで優しくない。
「病気じゃないから、ただの怠惰の表れ」と突き放されるばかりで。そこに文句を言いたいわけでもない。
責められ、怒られ、自己責任。
「感じ悪」と背中越しに吐かれ、気づけば誰も居なくなっていた。
きっと「全人類」とは言わなくとも、多くの人が人生で経験することなんだろうと思う。
夜は眠れなくて、ただ明日が来ることに怯えて涙が止まらなくて、声を押し殺して。朝、目が覚めると虚しくて憂鬱で。
全てに絶望して、何も見えなくて、ただひたすらに苦痛で、死んでしまいたかった。
常に気分は最悪で、ベットから一歩も動けず疲れ切っている。
休む。
最初のうちは「ゆっくりしてね」なんて優しくされても、そのうち態度は一変して冷たくなって。
態度や視線や言葉、そのため息に、存在を責められている気がした。
何度も死ななくちゃと思っては死ねず、残ったのはどこにもやりようのない深すぎる絶望。
自分の身体に傷をつけることに向けるしかやりようがなくて。
苦しさが口から溢れれば、周りは一斉にこちらを振り向いて口を揃えて突っ込まれた。
「夜更かしばっかしてるからだろ」
「生活リズム整えろよ」
「散歩でも行けばいいのに」
「運動したら?」
「スマホばっかり見てるから」
「何もしてないじゃん」
「育て方間違えたのかな」
“言ってもしょうがないか”とばかりに口を閉ざされ見過ごされる日々に、どんどん自尊心が擦り削れていった。
周りが悪いとは言えない。
どうしたらいいか分からないだろうし、
こんな状況の奴にずっと寄り添ってやってたりしたらそっちの身体持たない。
自分の未熟さを痛感して、それを突き放すでもなく苦笑で流すように努める日々だ。
自分と向き合って受け止めるって簡単じゃないから。
朝方の散歩が好きだった。
車ひとつ通らないような、夜中の狭間の朝焼け空。
季節によっては濃い霧が呼吸を重くさせたけど、普段の呼吸より遥かに澄んでてて、息がしやすかった。静まり返った淡い空気が、僕の存在すらその淡さでぼかしてくれる気がした。
住宅街を抜けて何もない道を歩く。何もないけど、僕にとってはたくさんあった。
散歩の為に早く眠って、昨夜のかけらの星が沈殿したような、しっとりした温度で目を覚ます。静かに顔を洗って、水を飲んで、ジャージに着替えて、玄関ドアを開け、僕の空気に触れる。
でも、いつしか崩れていった。
外の情報量に耐えられなくて、ぐちゃぐちゃになって呼吸は乱れて意味もなく涙が溢れて。
毎晩悪夢を見て。
夜には眠れなくなって、空気の温度も感じられなくなった。
目を開けていても何も見ていなかったからか、記憶に残っているものがほぼない。
起きているのか寝ているのか、自分でも曖昧だ。
身体が沈んで、自分の身体じゃないかのように重く、動かせない。
トイレに向かうのに立ち上がり、数歩進むのですら、姿勢を保てない。目眩すら引き起こして、トイレに着いた頃には息切れが酷い。自分の呼吸の荒さが目眩と吐き気と重さを混ぜ合わせていく。便座には座らず崩れ落ちてしたのは、排尿じゃなく嘔吐だった。
動ける気がしなくて、そのままトイレの床で蹲って、陽が落ち一日が終わるまでただじっと待った。いや、待っていたというより、時間の流れが待ってくれなかっただけだ。
こんな日々を過ごした地獄の数年間。
こんなことになるまで、何があったのかよく分からない。
産まれてきてからの自分を振り返っても、考えれば考える程、何を原因として取ればいいのか分からない。
ただ、どうにも何もできなくなった。その表れは唐突だったけど、本当に急にそうなったってわけでもないだろう。徐々に、徐々に崩れていって。
日常生活を送れるようになっては途端に周りから、社会からの要求が降りかかってきて、生きているだけじゃだめだなとしみじみ思った。
自分をコントロールできなければいつも気分は荒んでいて、口から出るのは相手を困らせる湿った陰気なことや、何に向けて言っているのか自分でも分からない汚い罵詈雑言ばかり。
そんな自分に嫌気がさして、人目が恐ろしくて。
人と会って、言葉を発して、やりとりをするたび、自分の中で何かが削り落ちていった。
こんなことが言いたいわけじゃないのに。今話している自分は誰なんだ?これが僕?
嫌にべっとりとした汗でぐちゃぐちゃになっていく。
僕、今どんな顔してる?
毎回そんなことを思っていた。
7/31/2025, 5:06:33 PM