猫背の犬

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目が覚めたら隣で寝ているはずのあの人の姿がなかった。突如として生じた空白と侘しさは底のない穴の中を落下し続けるようだった。けど、なぜかなにも思い出せない。こんなに悲しいのに酷く曖昧だ。留めておきたい記憶のすべてに靄が色濃くかかり、わからないの比率が大きくなるばなりで、声はどんな感じで温もりはどれほどのものだったかよく思い出せない。どんな髪型で、どんな表情を浮かべていたのか不明瞭になってしまったのに涙だけはあふれてくる。不思議だ。心だけが憶えているのだろうか。心だけが憶えているから悲鳴を上げ続けているのだろうか。ひりひりと痛む。眠りに就くまでのあふやな残像が頭の中を巡って、心が熱く揺れる。ひとつだけわかるのは、あの人を二度と抱きしめてあげることができないということ。あれ、でもどうして私はあの人を抱きしめてあげなければならかったんだっけ。たぶんきっと悲しそうだったからのような気がする。不確かだけど、あの人が悲しそうだったから私もいつも泣いて、どうすることもできなかった。やるせない思いだけ募って助けてあげれなかった。あの人のことも自分自身のことも。こんなことになるなら、高望みなんてしなければよかったなあ。

7/10/2023, 1:13:04 PM