作家志望の高校生

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大学に入学して一ヶ月。ようやく、環境の変化にも馴染みだした頃。
同じ講義を受ける有象無象の中に、妙に気になる男が一人いた。
同じ講義とは言ったが、実際に講堂の中で見かけたことは一度もない。
ただ、サークル仲間の中にいた奴の知り合いから、同じ講義らしいというのを又聞きしただけなのだ。その後もつらつらと並べられた、名誉毀損に片足を突っ込んだ暴露は聞かなかったことにした。
講義に全く出ず、どうやって単位を取っているのだろうか。
構内での奴は、遊んでいるような光景ばかりを目撃する。勉強をしている気配はゼロに等しく、試験前に過去問を貰っている姿すら見たことがない。
しかし、落単した話は全く耳にしないのだ。
不思議な生き物を眺めるような、そんな意味での「気になる」だった。
そんな男が、今隣にいる。現在進行系で。
珍しく、というか初めて、講義で彼を見つけた気がする。
あまりに珍しいので思わずまじまじと見つめていたら、不意に目が合って、それで今、というわけだ。
さっきから、ルーズリーフの端でずっと筆談をしている。
元々、奴も俺に若干の興味があったらしい。
俺はどこにだっている、ありふれた量産型の大学生だ。だから不思議で、何故興味を持ったのか聞いてみた。
『前、バイト中に君のこと見かけて気になった』
らしい。曖昧すぎて何のことか全く分からない。
講義が終わって、改めて聞いてみた。
話によれば、奴は元々女遊びを繰り返して夜遊びに惚け、昼間はその女と遊ぶ金を手に入れるためにバイトを詰めていたという。
講義に出なかったのもそのせいらしく、なんというか、軽薄な奴だと思った。
そして、バイトの中で彼は、俺を見かけたらしい。
夜職で彼と同じような部類の、優しさなんて無い、謀略と裏切り、上辺に満ちた夜の世界を生きる女。
酔い潰れ、適当な男に食われそうだった一歩手前で、俺が助けたらしい。
馬鹿らしいほど真っ直ぐで、正しい光で以て。
夜の街に優しさは存在しない。だからこそ、そんな場所にいながら優しさを持った俺が気になったらしい。
思ったよりくだらなかった理由に溜息を吐いて、奴の頭を軽く小突いた。
「馬鹿か。俺の方が当たり前だっての。」
なんて笑って見せたら、呆然とした顔をしていた。
それからだった。奴は俺に変に懐き、不器用に優しくなった。
気遣いが空回りすることも多かったけれど、講義もそこそこ受けるようになって、少しだけ、奴に対する世間の目も優しくなった。
たぶん、優しさだけで人は救えない。
けれど、変われるのは事実なんだろうな、と、空き缶を拾おうとしてすっ転んだ奴を回収しに向かいながらちいさく笑った。

テーマ:優しさだけで、きっと

5/3/2026, 8:11:24 AM