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「ハッピーエンドがお望みで?」

毎日見る夢。その夢に出てくる人は毎回同じ人。顔は曇りがかかっていてよく見えない。声から分かることはきっと女性であること。

2年前からこの夢を見るようになった。この夢を見始めた日から少しの違和感がある。なにか大切なことを忘れている気がする…。聞いたことあるような声…なはず。

考えれば考えるほど頭が痛くなる。病院から処方された薬を飲んではいるものの最近は薬の作用が弱くなってきている気がする。

モヤモヤとした気持ちのまま今日も大学へ行く。


「叶ちゃん…もう学校来ても大丈夫なの?」
「え?なにが…?」
「何がって…」
「ちょっとあんた!こっち来なさい」

(あの子はあの事件以来記憶が曖昧なのよ?葉弥ちゃんのことも忘れちゃってるんだよ…)
(そうなの…?私何も知らないで失礼なこと…)

奥で何か話してるが何を話してるのか聞き取れない。
真っ青な表情で…なにか真剣な話をしているのだろうか…

「話し込んでる最中にごめんね?私次の講義取らなきゃだから急ぐね?」
「あぁ、ごめんね呼び止めて…」

最近になって色んな子に声をかけられるが対して仲が良くなかったのもあって話が続くこともないし…
何がなんなのか。ひとつ分かってるのはあの夢を見始めたタイミングと一致しているということ。なにか関係があるのだろうか。

そういえば今日は定期検診の日だったな。帰りに寄っていこう。

「鈴美さん。最近の調子はどうでしょうか。」
「最近もずっとあの夢を…」
「そうですか…症状に変化はないと。なにか思い出したことはありますか?」
「いえ、なにも…」

毎回同じ事を聞かれては同じ事を返している。そんな自分嫌気を覚えながら今日も同じ道を歩きながら何を忘れているのか考える。

そんな帰り道…

''危ない!''
誰かの声と共に視界が明るくなる。鈍い衝撃と共に記憶がフラッシュバックする。
私の記憶はそこで途絶えた。



あれから何日、何週間、何ヶ月…たったのだろうか。
私が目を覚ますとそこは病室だった。

記憶が曖昧だが、''あの時と同じ''飲酒運転で操縦していたトラックの運転手が信号無視して私にぶつかったこと。
私に声をかけてくれた人が誰だったのか聞いたが、周りには誰もいなかったこと。
目を覚ますと涙が流れていたこと。


あの日、親友の葉弥と映画に行った帰り道に飲酒運転をしていたトラックに私は轢かれかけた。それを葉弥は庇ってくれて…

なんでこんなことを忘れていたんだろう。大切なことなのに…いや、忘れてたんじゃなくて思い出したくなかっただけなのかもしれない。

あの日映画から出てすぐのこと。

「ねぇ!映画面白かったね!!」
「うん!すっごく!」
「私あのシーン好き!」
「''ハッピーエンドがお望みで?''」
「そうそれ!悪役なのにあんなにかっこいいなんて…好きになっちゃうよね!!」
「わかる!すっごくかっこよかった!!」

いつも見る夢。あの時見た映画の…葉弥が好きだって言ってたセリフ。毎日毎日、思い出して貰えるように夢に出てきてくれてたんだ…

涙が溢れ出す。もしかしてあの時''危ない''と叫んでくれたのも…
余計に涙が止まらなくなって、胸が苦しくなって…


思い出した日からあの夢は見なくなった。もう忘れることは無いだろう





『ハッピーエンド』

3/29/2023, 1:21:29 PM