「あなたに届けたい」
走る、走る──
呼吸もままならないほど、息を乱しながら。吸い込む空気が鉄錆の香りに変わるほどに長く、深く……
「はぁっ、はっ!」
こんなに必死になって、私は何をやっているんだろう?
“あなたが何処かに消え去る前に、見つけないと”
肺の焼けるような苦しみに耐えながら、いつまで続くともわからない道を走る。
ふと、揺れる視界に追い求めていたあの子の背中が見えた。
「待って……いかないで!!」
そっちに行ったら、あなたはもう戻れなくなる……!
私の声が聞こえていないのか、あの子の背中はどんどん遠くなっていく。
私がどれだけ必死に追いかけても、その差が縮まることはない。
──当たり前だ。追いつけるわけがない。
だってあの子は死者で、私は生者なのだから。
そもそも、私があの子を追いかけられていること自体がおかしな話なのだ。
そこまでして、何故追いかける?
「わたしっ……はっ、あの子に届けなきゃならないものがあるんだっ!」
自らの命を死に近づけてまで、精神をすり減らしてまで……なぜあの子に執着する?
「あの子がいたから……私は人でいられた……バケモノじゃなく、ただの女の子でいられた!だからっ!?」
疲弊した足がもつれて、勢いよく転がる。
痛い……はずなのに、何も感じない。
あぁ、もう追いつけないの……?ここまで来たのに。コレを届けられないまま……
自分の無力感に先程まであった強い意志は簡単に押し潰されそうになる。
「うぅっ……」
「このバカ者が。死に近寄りすぎだ」
「えっ……?」
おもむろに顔をあげようとするが、上から頭をぐぐっと抑えられる
「見るな。見ればお前も完全にこちらに来てしまう。だから大人しく聞け」
あの子の声は相変わらず威圧的で、でもとても安心する。
「お前の言葉も、想いも、最期に渡すはずだったソレもちゃんと持って行くから。だから……」
“おれの分までちゃんと生きろ”
「……っ」
目を覚ます。そこには真っ白な天井が広がっている。
横に視線を移せば、そこにはところどころ焼け焦げた結婚指輪の箱が置かれていた。
重い腕を動かして、その箱を開ける。
「あぁ……」
そこには、ふたつの指輪が入っているはずだった。しかしそのうちのひとつは窪みだけだ。
「とどけ、られたんだ……」
1/30/2024, 12:50:35 PM