結城斗永

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 朝、目を覚ました僕はいつものクセで「学校なんてなくなればいいのに」と呟いた。
 そしたら、学校があった場所は大きな空き地になっていた。
 校門の前で保護者たちと警察が揉めている。どうやら中にいた友達や先生も学校と一緒に消えてしまったらしい。
「朝からわぁわぁうるさいな」
 頭の中で思ったら、目の前の集団がポンっと消えた。
 僕の心に重たい何かがドスンと落ちる。

「おいポン倉、どうなってんの?」
 遅刻してきた飯塚が僕の後ろでポカンとしている。
 ポン倉というのは僕のあだ名だ。『ポンコツの大倉』だから『ポン倉』。
 こんなあだ名もなくなってしまえばいい。
「おい、聞いてんのかよ」
 飯塚が語気を強める。僕は試しに飯塚へと尋ねてみた。
「ねぇ、飯塚くん。僕のこと呼んでみてよ」
「な、なに言ってんだよ。あの……、ほら、あれだよ……」
 歯切れが悪い飯塚の口からは、僕の本当の苗字すら出てこない。また心の中にポツンと悲しみが落ちる。
「もしかして、忘れたの? 大倉だよ、大倉」
 飯塚は僕の問いかけに応える間もなくポンっと消えた。
 心の中に今までで一番大きな衝撃がして、途端に自分のことが怖くなった。
 もう何度も自分なんていなければと考えるのに、自分だけはいつまでも消えなかった。
 僕の考え癖が悪さをして、周りのものがどんどん姿を消していく。その度に心が沈むように重たくなる。

 僕は消えてしまったものが、どこかで姿を現していないかと、あちらこちらを探して回った。でもどこにも見当たらなかった。
「ここにあるよ」
 後ろで声がして振り返る。目の前に真っ白なワンピースを着た少女が立っている。
 空間を切り裂いたみたいに黒い穴が、少女の手元にぽっかりと開いていた。
 少女が黒い穴に手を差し入れると、僕の胸のあたりがギュッと締め付けられる。
「あなたが心で『いらない』と思ったものは、あなたの心の奥底の、あなたも触れられない場所に落ちていったの」
 少女は静かにそう言った。
「どうすれば元に戻せるの?」
「消えてなんかいないわ。あなたの中で消えただけ。あなたが見ないようにしただけ」
 そう言い残して少女は消えた。

「ポン倉、大丈夫か」飯塚の声で我に返る。「お前ってほんとポンコツだな」
 青い空を隠すように飯塚の顔が視界を覆っている。
 鼻の奥がじんじんと熱を持ったように痛い。右手で鼻を抑えると、手のひらが赤く汚れた。
「立てるか?」
 飯塚に手を引かれて立ち上がる。
 傍らに転がったドッヂボール。
 友達の心配そうな視線。

 僕は涙をごまかすように目をつむる。
『もういらないなんて考えません。ここにあるのは全部僕の大切なもの。だから、どうかひとつも消さないでください』
 心の中であの白い少女に祈った。

#ここにある

8/27/2025, 12:55:58 PM