ガルシア

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 俺が寝ているときは触らないでくれ。
 彼はそれだけ約束させると、私が同じ家で暮らすことを許してくれた。なんでも、人に触れられるとすぐ目が覚めてしまうらしい。少々粗雑に見える彼が意外と神経質なことは知っているので、初日から今日に至るまで私は素直に従っていた。
 今日の彼はソファで寝ている。コートが芸術的なバランスで掛けられていて、緩めたネクタイもベルトも解かれていないところを見ると限界を迎えて力尽きたという方が正しいのだろう。おまけにソファからはみ出した足は革靴を履きっぱなしだし、端正な顔の眉間にシワが寄っている。
 このまま寝かせてあげたいところだが、窮屈そうだし体を痛めてしまいそうだ。彼のルームシューズを床に置いて、起こしてしまうのを承知で革靴を引っ張る。低い唸り声が漏れたが、両足を引き抜き終えても目を覚ましてはいない。
 後ろめたさを感じながらも彼の肩を軽く叩いて声をかける。不機嫌そうに唸る彼はようやく重い瞼を上げたが、ぼんやりした瞳で私を見るとまた眠ってしまった。しかも、私の手をしっかり握りながら。
 やけに安心したように眠る顔からは眉間のシワも消え、少し幼く見える。触れても起きないじゃないかと思いつつ、普段淡白な彼から手を握られていることに胸の高鳴りを覚えた。
 これでは無理に放すこともできないと思い、彼が起きたらルールを破ったことに怒るのか、それともルールに隠されていた無意識の行動に何か別の反応を見せるのか想像しながら、しばらくその寝顔を見守ることに決める。警戒心の高い猫が膝に乗ってきたときの気持ちというのは、こういうものなのだろう。


『ルール』

4/24/2023, 12:18:03 PM