『君が紡ぐ歌』
浅い呼吸がきこえる。一定のリズムで、低く、高く。
うなされるように、君はかすかな声をもらした。うっすらと目を開く。
目が合うと、僕はその頬をはりついた髪をつまんだ。
「まだお眠りよ。夜は長い」
君はまた目を瞑った。枕元に座る僕の袖を握って、くいくいと引っ張る。
「はいはい。まったく、君もまだまだ子どもなんだから」
冷やかして笑いながら、僕は喉をひらいた。息を吸う。肺に眠る五線譜にトーン記号をおいて、僕は歌い始めた。
君のための子守唄。
僕だけが歌える子守唄。
それはいつか波音に溶けてしまうだろう。
君はこの歌を忘れて、必要としなくなるだろう。
だけど君が望むなら、僕はいつだって同じ歌を奏でてみせよう。
ずっと変わらない愛しさを込めて。
君の寝息がきこえる。呼吸は深くなって、ひたいに浮いていた汗も乾いていた。
僕はそっとそばを離れ、開け放たれた窓に腰かけた。
月が呼ぶ。風にのる。
穏やかな寝顔を振り返って、その呼吸に耳をすます。
これが君の紡ぐ歌。僕だけの宝物。
「おやすみ、いとしの我が子」
ひと吹きの風が、窓枠になびくカーテンを揺らした。
君の部屋にはもう誰もいない。
ただかすかに残る子守唄と、君の歌がきこえるだけ。
10/20/2025, 5:30:38 AM