回顧録

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『すぐにどこかに行ってしまう星よりもずっとそこに在る月の方がよっぽど信用出来る』

いつも月に向かって手を合わせる彼に理由を聞いたらこんな謎の理論が返ってきた。そもそも願いが叶うなんて迷信に信用も何もあるのかと思ったが、やたらと真っ直ぐ目で言われてしまって何も言えなくなった。

『月の形によって願い方を変えるんだよ』
『新月ってのはこれから満ちるだろ?だからこうしたいからこう願うっていう、まあ言わば決意表明みたいなものだよ』

彼の願いは随分と具体的なものらしい。努力家の彼がそんなに神頼みならぬ月頼みしてまでも叶えたい願いとは一体なんだろうか。

『満月は満たされた前提なんだよ、つまりまもなく願いが叶う訳だ。だから願いが叶った前提で月に報告して感謝する』

胡散臭い話だ。
でもそう言って月に祈りを捧げる彼は月光に照らされて綺麗に見えた。色白な肌が透き通って見えるくらいに。
怖くなるくらいに美しかった。

朝目覚めると、彼がいなくなっていた。
ぐしゃぐしゃのシーツはすっかり冷たくなっている。
ベッドサイドには見覚えのない箱が置いてある。
中を開けるとメモとペアリングが入っていたようだった。ようだったというのは、その中の1つが消失していたからだ。
内側には彼と出会った日付が記されている。
メモにはへたくそな字で『君は僕の太陽』なんてらしくないことが書かれていて。

…そうだよ、だからずっとお前を傍で照らしてやりたかった。
だからお前は月なんかじゃなくてずっと隣にいる『お前の太陽』に願えば良かったんだ。そうしたら、毎日願わなくてもたった一言で一生分叶えてやれたのに。



夜になったって俺はあいつを返してくれなんて願わない。
もうそんなものは無いからだ。夜空にぽっかり空いた真白い穴を睨みつけた。

『月は永遠に失われた』


作者の自我コーナー
いつものだけどメルヘンチックな話。
月と太陽なんて言いますが、あの二人はどっちも月で太陽。
『君が太陽で僕が月とかそんな単純じゃない』って言ってますし。

5/27/2024, 9:32:16 AM