85.『フィルター』『Red、Green、Blue』『ひとりきり』
皆さんは『ちりとてちん』、あるいは『酢豆腐』とも呼ばれるこの食べ物をご存知だろうか……
これは落語に出てくる架空の料理。
カビが生えて腐った豆腐に、調味料を混ぜて食べると言う、とんでもない代物だ。
もちろん、こんなものが美味しいはずもなく、知ったかぶりする奴がまんまと食べさせられるという話だ。
オチも『ちょうど腐った豆腐の味』『酢豆腐は一口に限る(それ以上は食べれない)』というもの。
かなりマズイ食べ物として表現されている……
しかし、私はこうも思うのだ。
本当に不味いのだろうかと……
『不味いに決まってるだろ!』と言われるかもしれないが、私はその意見に異議を挟ませてもらう。
なぜならば、食べたのは落語の中の住人のものであり、実際に現実世界で食べた人の感想ではない。
『不味いに違いない』という想像上の感想なのだ。
私はコレが、どうしても許せない。
私はグルメ評論家だ。
この界隈ではちょっと名の知れた有名人である。
そんな自分が、食べたことがない食べ物を不味いと断言する?
ありえない!
私は疑問を解消するために、実際に食べてみることにした。
幸いにして、どんな料理かは分かっている。
夏場に放置して腐らせてしまった豆腐に、梅干しとワサビなどを入れたもの。
用意するのは簡単だった。
しかし一つだけ計算外の事があった。
この料理、豆腐にカビを生やす過程で、とんでもなく臭いのである。
あまりにも臭すぎて、今ガスマスクを着けているのだが、フィルター越しにも仄かに漂う腐敗臭。
私は既に後悔し始めていた……
この時点でやばいが、それでも食べないわけにはいかない。
グルメ評論家を自称する以上、目の前の食べ物を食べないと言う選択肢はない。
それに臭い物でも美味しいものはたくさんある。
『ちりとてちん』も意外な化学変化が起きて、美味しいのかもしれない
私は吐き気を堪えつつ、梅干しとワサビを入れて混ぜ合わせる。
原作では、臭いをごまかすため入れるらしいが、カラフルになってさらに毒々しくなってしまった
Red、Green、Blue
青色の素材なんて入れてないのに、なんか浮き上がって来た。
すごく怖い……
こんなことなら、誰かにいてもらえばよかった。
一応友達を呼んだのだけど、臭いを嗅いだ途端、急用を思い出し帰ってしまった。
今はひとりきり。
こんなに心細いのは初めてだ。
といっても、いつまでもビビってるわけにはいかない。
こんなところで躓いていたら、グルメを極めることはできないだろう。
グルメは度胸!
勇気を出して口に入れる。
さて、そのお味は――
「うん、食べるまでもなく不味いね」
9/15/2025, 8:18:33 AM