お題『私だけ』
アモンに言われて主様の部屋に行く。
ドアの前に立ち、なぜか緊張していることに気がついた。深呼吸を3回したけれど、俺の手のひらはびっしょり汗をかいている。
意を決してノックをすれば中から「誰?」と主様の声が聞こえてきた。
「俺です、フェネスです」
「どうぞ入って」
今朝まで俺を避けて回っていたのに、どういった風の吹き回しだろう? も、もしかしたら本格的に俺に暇を出すおつもりなんだろうか……だったら嫌だ……。
胸の中にいろんな思いがグルグルと渦巻いていくけど、主様を待たせるわけにはいかない。俺はドアを開いた。開けた途端に濃厚な花の香りが俺の鼻の奥を満たしていく。
「フェネス、早くここに座って」
いつも主様が座っている椅子、その背もたれの後ろに主様は立っていらっしゃる。
「……はぁ……?」
疑問はあったけれど、今は言われることを素直に聞いておいた方がいいだろう。俺は小さな椅子に身体を押し込んだ。
ぽふ、と頭の上に何かを乗せられた。
「ふふ、やっぱりフェネスによく似合う」
手鏡を取り出して覗き込めば、それはピンクの薔薇の花冠だった。
「あの、主様? これは……?」
意味が分からず目を白黒させている俺に主様は「お礼」と言う。
「お、お礼? 何のです?」
「私が生まれて明日で11年。それまでほとんどずっと私のお世話ばかりを焼いてくれたでしょ。だからね、フェネス、ありがとう。アモンに教えてもらってリースと、ドライフラワーをあしらった額縁も作ったの……って、フェネス? どうしたの?」
俺は泣いていた。泣きながら、主様の心根を少しでも疑った自分を呪った。こんなに素敵に成長なさったのに……俺は、俺のことしか考えていなかった。
「すみません、俺、てっきり主様に嫌われてしまったかと思って……うっ、うっ」
すると主様は決まり悪そうに「ごめんなさい」と頭を下げる。
「そ、そんな、主様は何も悪くないです!」
「でも、フェネスを振り回して傷つけた。だから、ごめんなさい」
ああ、主様は一体いつの間に、こんなにも素敵に成長されたのだろうか。
その日から、2階の執事室のドアにはリースを、俺の机には主様をスケッチした絵を入れたフレームを、それぞれ飾った。
それは、俺だけの特別な話。
7/18/2023, 10:51:10 AM