◆
「ゆーう!おはよう!」
「おはよう、のあ」
優しく微笑むゆうを見て思わず私も笑顔になる。
ゆうは私の親友だ。ずっとずっと大好きで、私のヒーロー。
「ねえ、ゆう、今日も一緒に帰ろ」
「ごめん。今日は委員会があるんだよね。だから、先に帰ってて」
「それなら、待つよ!終わったら連絡してね」
ゆうが口を開きかけた気もしたが、チャイムが鳴ったため、慌てて教室に急いだ。
「じゃあ、後でね、ゆう!」
手を振って廊下を走った。
放課後。ゆうを待っているとクラスメイトが声をかけてきた。
「村瀬さん。もしかして誰か待ってるの?」
「うん。ゆうを待ってるんだ。本田くんはこれから部活?」
「そう。佐倉さんなら、さっき廊下歩いていたから、もうすぐ来るんじゃないかな」
「そっか、ありがとう!」
かばんを持って、教室を出る。ゆうの教室は少しだけ離れている。今から行ったら、ゆう驚くかな?
「じゃあね、本田くん。部活頑張って!」
◆
教室から声が聞こえる。
「佐倉さんは村瀬さんと違って愛想がないから」
「勉強だけできても、愛想がね」
「なんかとっつきにくいからさ」
「なんであのふたりが友達同士なんだろう」
聞こえてますよ。どうせなら直接言えばいいのに。
「でも、九条くんもだよね」
その声にぴくっとする。
「なんかチャラチャラしてるし、いい加減な感じだよね」
「授業もほとんどサボってるし」
「おんなじクラスなのはずれだよね」
「っていうか、このクラスだけまともな人いないよね」
「あーあ、先生なんで、嫌われ者をまとめちゃったんだろう」
耐えられなかった。私だけ言われるのは構わない。どうして、他の人のことまで悪く言うのだろう。
思うだけなら構わない。でも、それを声に出すのは許せなかった。
ドアを開ける。その瞬間、クラスメイトの視線が集まる。静かに自分の席に近づき、かばんを手にする。
「ねえ、佐倉さん。聞いてたんでしょ?なんか言いなよ」
「誰かの悪口を言うような人に言いたいことはない」
一瞬、沈黙が走る。
「だからだよ」
「そんなに感じ悪いんだもん。当たり前じゃん。少しは村瀬さんのこと見習ったら?」
「なんで、黙ってるの?もしかして、何も言えない?」
◆
教室の中から声が聞こえる。この声はゆうと、そのクラスメイトかな。
「なんで、黙ってるの?もしかして、何も言えない?」
もしかして喧嘩中?それなら止めないと。勢いよくドアを開ける。
「なんで怒ってるのか知らないけど、喧嘩は良くないよ」
「ほら、みんなごめんさない、しよ?」
「のあ、別に喧嘩じゃないから」
「じゃあ、なおさらだよ。ほら、話し合いしよ」
「私たちはさっき言ったとおりなんだけど、佐倉さんなんかある?」
「ないよ。私もさっき言ったとおり」
「そっか、じゃあ、もう解決したんだね!ほら、ゆう帰ろ」
そう言って、ゆうの手を引く。
「みんなもじゃあね!」
「もう、ゆうが喧嘩してると思ったから、びっくりしたよ」
「ごめん、のあ。先帰って」
「え?」
「ごめん」
「もしかしてなんかあった?」
「お願い」
「話聞くよ」
「お願いだから、先帰って」
ゆうの切羽詰まった声を初めて聞いた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「先帰って、聞こえなかった?」
「ゆう、もしかして怒ってる?」
そのとき、突然目の前に誰かが立ちふさがった。
「あっ、ごめんごめん。俺が頼んだの。放課後残って作業しようって」
「九条くん?それなら私も手伝うよ!」
「いや、委員じゃない人にやらせるの申し訳ないしさ、それに俺が頼んだんだよね。誰も呼ばないでって」
「そうなの?ゆう」
コクリとゆうが頷くのを見る。
「そっかー。残念だけど、仕方ないね。じゃあね、ゆう」
声が震えそうになるのを必死に誤魔化した。ゆうが素直に言ってくれないのが悲しかった。
走ってその場を後にする。泣いているのを見られたくなかった。
しばらく走って地面にしゃがみ込む。苦しかった。涙が溢れてきて止まらない。うまく息を吸うことができない。
「あれ、村瀬さん。どうしたの?」
本田くんだ。そのやさしい声にすがりつくように本田くんの手を握る。
本田くんはギョッと驚いたような顔をしたけど、やさしく背中をさすってくれた。
「歩ける?あそこのベンチまで行こう」
ベンチに座ると、本田くんは冷えた水をわたしてくれた。
「これ、飲んでないから」
ありがとう、と小声で言い、ペットボトルのふたを開ける。
「私って、頼りないかな?」
知らずに、声に出していた。それに気づき、慌てて誤魔化そうとしたけど、本田くんはその言葉をやさしく拾い上げてくれた。
「頼りなくないよ。少なくとも俺にとっては。さっき教室で、部活頑張ってって言われたの素直に嬉しかった。それに、あんまり話したことないけど、あいさつとか元気にしてくれるのも嬉しい。村瀬さんはだれかを勇気づけたり、元気にさせるような力があると思うよ」
やさしかった。うれしかった。こんなにまっすぐに褒められたことはなかったかもしれない。
「いや、何言ってんだって感じだよね。ごめん」
「ううん。ありがとう」
「いや、ごめん。普通に恥ずいし、忘れてほしい…」
「ううん。うれしかった。だから、忘れない」
そう言って、ニコッと笑うと、本田くんはホッとしたような顔をした。
「どうしたの?」
ふと疑問に思って、そう尋ねた。
「いや、もう苦しそうな顔してないから、よかったなって」
「ありがとう。もしかして部活中だった?」
「いや、休憩中だから、平気だよ」
「まだ時間あったりするかな?」
何も言わずに、首を縦に振る本田くんをみて話し始める。
「本田くんと教室で別れたあとにね、ゆうの教室に向かったんだよね。そしたら、教室の中から、ゆうとそのクラスメイトが喧嘩してる声が聞こえて、大変だって思って止めに入ったんだけど、喧嘩じゃなかったみたい。それはそれで良かったんだけど、さっきね、玄関でゆうに先に帰ってって言われちゃった。話を聞こうとしたんだけど、聞けなかった。ゆう、なんか怒ってるみたいで。…って勝手に話してごめんね。話もまとまってないし、何言ってるのかわからなかったよね。ごめん」
「いや、話してくれてありがとう。それだけで、頼ってくれたみたいで嬉しい」
「そっか。ありがとう」
その言葉を皮切りに無言の時間が流れる。それでも、どうにかその隙間を埋めようという気は起こらなかった。今は、無言の時間が心地良い。
「私、行かないと」
そう言って、立ち上がる。そうだね、と本田くんはやさしく微笑んだ。
◆
「なんか、村瀬さんって綺麗事で純粋で、…友達想いだね」
沈黙が流れる。
「とりあえず、移動しよっか」
はい、これ、と九条くんが何かを手渡してくる。受け取るとぬるいココアだった。
それが、温かくて、少しだけ心が軽くなった気がした。
「のあは別に悪い子じゃないんだ。ただ、純粋すぎてときどき嫌になる。綺麗事を並べてもどうにもならないのに、あたかもそれが正解かのように振る舞うのがときどきしんどい。それに、色んな人に、のあと比べられるのも苦しいんだ。私は私の正解で過ごしているだけなのに、周りから見たら、のあが正解で、私は間違いみたい…」
「俺は、綺麗事が正しいとは思わない。もちろん、それで救われる人もいる。それでも、俺は綺麗事には反吐が出る。綺麗事は、ときに人をどうしようもなく傷つけるから」
沈黙が流れる。九条くんは、息をするかのように、言葉を発する。とても、自然に。
それが、羨ましくて、何よりやさしかった。
◆
走った。初めてだった。学校内で走ったのは。
もしゆうがひとりで泣いていたらどうしよう。
もしゆうがひとりで苦しんでいたらどうしよう。
「ゆうっ」
静かに扉を開け、必死に親友の名前を呼んだ。
ゆうの隣には、彼女のクラスメートである九条くんがいた。
ゆうがひとりじゃなくて良かった。
それもそのはずだった。だって、九条くんがゆうに残るように言ったのだから。
そのことが頭から抜けていた。
それでも、少しだけ胸がズキンと痛む。
私にはできない悩みの相談なのかもしれない。
ゆうの隣に立つほどの資格がないのかもしれないという思いに胸が痛んだ。
ここまで来て、ゆうに何を言ったら良いのかわからなかった。扉の前で、言葉を探すように、ゆうの方を見ると、目が合う。
「話そっか、のあ」
その言葉で、胸が軽くなった。やっぱりすごい、ゆうは。決していい話ではないかもしれない。それでも、その一言で、私の胸は軽くなるのだ。
「じゃあ、俺は、ここで」
じゃあね、と九条くんが手を振る。その気遣いに胸が温かくなる。
ゆうが頼れる人が九条くんで良かったと心から思った。
◆
「なに?盗み聞き?」
教室を出てすぐに、楓と目が合う。
「いや、さっき村瀬さんが走って行っちゃったから、心配で…」
歯切れの悪い口調に腹が立つ。
「これから大事な話だから、俺らは行くぞ」
え、という声を無視して、楓の手を引っ張る。
楓と話したのはきっとあの日以来だ。
「楓は、村瀬さんのこと好きなの?」
遠慮という言葉を、どうしても楓の前だと忘れてしまう。
それに今更、遠慮をするような仲でもなかった。
「うん。たぶん、好き」
「そう」
そっけなく答える。別に興味はなかった。
「湊は、佐倉さんと知り合いなんだね」
「まあ、同じクラスだし」
「そっか」
俺とは違って、楓は俺に遠慮する。
「はっきり聞けばいいだろ、佐倉さんのことか好きかどうかって」
その言葉に、楓の顔が赤くなる。どうしてお前が照れるんだよ。
そう思うが、これが楓なのだ。
眩しいほど、綺麗事で、純粋で、友達想い。
あの子とそっくりだ。
「好きだよ」
その言葉に、楓はさらに顔を赤くさせる。
「でも、きっと楓みたいにきれいな感情じゃない」
実際そうだった。
きっと俺と佐倉さんは少し似ている。
純粋な友達を持ち、それに苦しんで。
でも、彼女はずっと気高い。向き合うことを選んだ。
苦しくても、前に進むことを選んだ。
俺は、逃げたのに。
「ううん。湊に好かれるなら、佐倉さんは幸せだね」
苦しい。綺麗事を並べ立てて。俺の心の内を何も知らないくせに。
俺が急に避け始めても、何ごともなかったかのように普通に話しかけてきて。
「それなら、村瀬さんもね。お似合いだよ、楓」
すべて元通りというわけではない。それでも、昔みたいにこうやって話せたことが嬉しかった。
◆
「座ったら?」
どうしようか、オロオロしているとゆうがそう声をかけてくれた。
「そうだよね」
そう言い、椅子に腰掛ける。正直、何を話したら良いのか、わからなかった。
「私、先に帰ってって言わなかったっけ?」
その一言で、体が硬直する。今日は、話をするべきじゃなかったのかもしれない。ゆうが落ち着いてから、話したほうが良かったのかもしれない。
でも、今日を逃してしまうと、ゆうと今までどおりでいられなくなる予感がしていた。
「ごめんなさい…でも、もしゆうがひとりで泣いてたら嫌だなって、思って…」
「泣いてること前提なんだ」
冷たい声に、心の底から冷えていく。ゆうに嫌われたくなかった。
目から涙が溢れそうになる。
「冗談だよ」
突然、やさしい口調で、ゆうが話しだした。
「すこしからかっただけ」
本心だとわかった。でも、これはこの言葉に対することであって、あのときの言葉は冗談ではないことがわかった。
「のあはやさしいよ。みんな、のあと仲良くなりたいと思ってる。かわいいし、駄目なことは駄目だと言えるし、何よりも、すごくまっすぐ。だけど、それがときどきつらい。一緒にいると苦しくなる。みんな、のあが憧れの的。そして、その親友だからって、私への当たりが強くなるの」
知らなかった。私が、ゆうの隣で笑っている裏で、そんなことがあったなんて。
「それにね、さっきの教室でのときもそうだけど、のあが私と誰かの間に入って仲を取り持とうとするたびに、どんどんその溝が深まっていくの」
ゆうは、一呼吸置いて、私の目を見つめる。
「のあのことは大好きだよ。でも、それと同じくらい」
呼吸が浅くなる。
「大嫌い」
わかっていたのかもしれない。この言葉を聞いても、そこまで衝撃を受けなかった。
それでも、苦しかった。大好きな人に嫌われるのが、ものすごく苦しい。
「私ね、それでも、やっぱり、のあのそばにいたい。こんなこと言っておいて、傲慢なのはわかってる。それでも、やっぱり、のあは私の親友、だから」
声を振り絞るようにゆうが口にする。窓から差し込む光で影になって、どんな表情をしているのかわからない。
いてもたってもいられなくなって、ゆうのことをぎゅっと抱きしめた。
かすかな声が聞こえる。小さな呼吸が今にも消えてしまいそうで怖くなった。
「泣いていると思って」
「泣いてること前提なんだ」
ふたりで小さく笑い合う。
「私も、ゆうとずっと一緒にいたい。ずっとずっと、ゆうは私のあこがれで、たったひとりの親友だから」
小さく震える体を力強く抱きしめあった。
◆
校内に人影がなくなってから、ふたり一緒に帰路につく。
校舎を出て少し歩くと、本田くんと九条くんがいた。
本田くんが駆け寄ってくる。
「大丈夫だった?」
心配そうに覗き込む顔に、笑顔で答える。
「うん。心配してくれてありがとう」
隣では、九条くんがゆうの頭に手を置き、わしゃわしゃと撫でている。
お疲れ様、よく頑張ったね、そう言っているように聞こえる。
ふたりは、そういう関係なのかな?
本田くんに首をかしげて、アイコンタクトをとる。本田くんの顔が少し赤くなっているのに気がついた。
私は、二人の関係を知らなかったのが少しだけ悔しかった。
「いいなあ」
知らず知らずのうちに声を漏らしていた。そのことに焦ったけれど、誰もその言葉を拾っていなかったようで安心した。
私の方をみたゆうと目が合う。やさしく微笑むゆうはとてもきれいだった。
「そうだ。九条くん。ゆうの相談にのっていてくれてありがとう」
その言葉に、九条くんは苦い顔をする。
「やっぱり、似てるね」
何を言っているのかわからず、きょとんとする。
「いや、どういたしまして」
九条くんは何事もなかったかのように、そう言い、歩き出した。
四人で静かに街を歩く。
すこし冷たい風に、街角のカフェのパンケーキに匂いがのってくる。
こういうのが”幸せ”っていうのかな。
だんだん遠くなる太陽に、背を向けてゆっくり歩いた。
◆
【のあとゆうの出会い】
新しい学校に馴染めなかった。
容姿について馬鹿にされ、クラスの輪にいれてもらえなかった。
ひとりでベンチに座って、お弁当を食べていると、悲しくなってきて、涙が止まらなかった。
そんなときだった。
静かに隣に座って、お弁当を食べ始めた女の子がいた。ものすごくきれいだった。
天使だと思った。でも、それ以上にヒーローだった。
苦しいときに隣りにいてくれるヒーロー。
この日がきっかけで彼女のことが大好きになった。
みんなのあこがれの的。
私が隣にいてはいけないと感じるくらい彼女は眩しかった。
その日から毎日、一緒に昼食を食べるようになった。
ある日、私がクラスに馴染めなかった理由を言うと、彼女は怒ってくれた。
嬉しかった。私のために感情を表にしてくれるのが。
いつのまにか、私はクラスに馴染めるようになった。彼女のおかげで。
いろんな人とも仲良くなるにつれて、彼女との時間は短くなっていった。
でも、私は、そういうとき彼女のそばにいることを選んだ。
ずっとずっと、大好きな親友。
この関係がいつまでも続くことを願いながら。
◆
【湊と楓の出会い】
空き教室で、スマホをいじっていると、突然扉が開いた。
「九条くん、こんなところでサボってないで、教室行くよ」
委員長だ。正直面倒くさい。ていうか、なんでこいつは、授業中に俺を探しにきてるのだろう。
「委員長こそ、こんなとこでサボってないで教室行ったらどうですか?」
思わず、憎まれ口を叩く。
「いや、文化祭の役割決め、九条くんいないと決まらないから」
歯切れの悪さに、腹が立つ。どうせなら、どうどうとすればいいのに。
「なんでもいいよ。どうせサボるし」
「いや、九条くん。当日は俺と一緒に回ろうよ」
は?、というや否や腕を引っ張られる。
「いくよ」
その背中が心なしか頼もしい。いいじゃん。
こんな真っ直ぐいられるのも羨ましい。
それを機に楓とは仲良くなった。
俺が、この真っ直ぐさについていけていれば、嫌悪感さえ覚えなければ、今でもきっと一緒にいられたのかもしれない。
◆
【ゆうと湊の出会い】
「めずらしいね。佐倉さんがサボるなんて」
スマホをいじりながら、こちらに目を向ける彼に返事をする気さえ起こらない。
「まあ、学校だるいしね。来てるだけ、ありがたいと思ってほしいよ」
ひとりで話す彼は返事を求めているようには見えなかった。
ただ、本当にひとりごとであるかのようで。
「ここ穴場なんだ。人がめったに来ない。だから、なんかあったらいつでもおいで」
優しかった。苦しく、辛くなるほどに。
息をすると涙がこぼれ落ちてくる。泣きたく、なかった。
泣いていることに気づかれたくなかった。
それでも、感謝はどうしても伝えたくて、声をしぼりだして言った。
「ありがとう」
かすれそうな今にも消えてしまいそうな声だった。
「うん」
九条くんは、私の声をすくいあげてくれた。それだけで、うれしかった。
◆
【のあと楓の出会い】
緊張して、うまく自己紹介ができない。
いきなりの指名で、焦る中、隣の席の女の子が急に立ち上がった。
「私は、村瀬のあです!えっと、隣の席の本間楓くんとは、さっき友達になりました。きっかけは、好きな音楽が同じで…」
彼女は隣でハキハキと話している。俺とは、正反対だと思った。俺は、自己紹介なんかで、うまく話せなくなるのに。
村瀬さんのほうを見る。彼女は俺に向けてウインクをした。ウインクと言っても、うまくできていなかったので、目をつぶっただけだったが。彼女は、したり顔で俺の方を見る。
目が離せなかった。おそらく、一目惚れだ。
それを実感した瞬間、俺は彼女につりあうような人になりたいと思った。
「俺は、本間楓です。その、緊張してうまく話せないんですけど、みんなと仲良くなりたいので、よろしくおねがいします」
勇気を振り絞って、声を上げる。隣を見ると、村瀬さんは、微笑んでいた。
ドキリ、とする。
好きだ。彼女のことが。
もう一生、彼女のそばを離れたくないと思った。
◆
【のあと湊の出会い】
窓の外を眺める。
グラウンドでは、どこかの組が体育祭の練習に取り組んでいた。
その中に、見知った顔を見つける。
その人の視線の先には、女の子がいた。
そして、俺はあることに気づく。
「たしか、あれは佐倉さんの」
佐倉さんの親友だ。
彼女の事情は詳しくは知らない。でも、なんとなく察してはいた。
俺と、同じだから。
「人って、自分と似ている人を好きになるのかな」
無意識に飛び出た言葉に、自分でも驚いた。
それをごまかすように、スマホに視線を移した。
◆
【ゆうと楓の出会い】
最近、遠目でときどき見る湊の機嫌が良いことに気がついた。
雰囲気が柔らかくなった気がする。
そう思って、遠くを歩く彼を見ていると、後ろから何かがぶつかった。
「ごめんなさい」
その声に振り返ると、見たことのある顔が視界に飛び込んだ。
「あ、本間くん、ごめんね」
そう言って、上目遣いで見てくる姿に胸が高鳴る。
「俺こそ、急に止まってごめん」
そう言って顔を上げると、村瀬さんのとなりに、見知らぬ顔が見える。
「ついでだから紹介するね。この子は私の親友の佐倉ゆう。それで、こっちは私の友達の本間楓くん」
その言葉を皮切りに、互いに挨拶をしあう。
なんとなく、雰囲気が湊に似ている。
近寄りがたさもあるけど、どことなく柔らかい雰囲気。
いつか、四人で話したいな。ふいに、そう思った。
◆
【その後】
「はい、チーズ」
休日に四人で集まるのは初めてだった。
私は、勝手にWデートだと思ってるけど、きっとゆうと九条くんはそんな気は一切ないのだろうと思う。
「写真ってこんなに頻繁に撮るものなの?」
九条くんが首をかしげて、疑問を口にする。
「女の子は、写真を撮るのが好きなんだよ。映える写真だっけ?」
本田くんも同じように首をかしげる。
やっぱりこの二人は親友なんだな。そう思って、その様子を写真にとる。
「ちょっ、何撮ってるの?」
本田くんが恥ずかしそうに顔を赤らめて、必死にそう言う。
隣で、やさしく声を立てて、ゆうが笑った。
みんながきょとんとして、ゆうの方を見る。どうしたの、と。
「いや、みんな楽しそうで嬉しくて」
その言葉に、みんな笑顔になる。
「ゆうも、楽しそうで私もうれしい」
そう言って、ゆうの腕に抱きつく。
少し前までは、気まずさもあったけれど、もうそれもなくなった。
パシャ、と音がする。視線を向けると本田くんだった。
「ふたりともいい笑顔。ほら」
そう言って写真を見せてくれる。とてもきれいによく撮れていた。
「ありがとう」
嬉しそうにゆうが笑う。それを見るだけで幸せだった。
「じゃあ、そろそろ行くか」
九条くんが静かに言う。
「うん!」
今日はWデートなのだ。せっかくだから、楽しまないと。
◆
「そういえば、二人はなんで疎遠になってたの?」
カフェの一角でふと疑問に思ったのか村瀬さんが口にする。
「あー、ちょっと俺が勝手にキレただけ」
苦い顔をして言う。できれば、言いたくなかった。
「のあ、パンケーキ来たよ。ほら、手拭いて」
佐倉さんが、村瀬さんを静止してくれる。やっぱり彼女は聡い。
写真を撮って、パンケーキを頬張る彼女の姿を横目に、あの日のことを思い返した。
◆
「ふざけるなよ」
静かに口にする。感情的になっても、感情的に怒ることは苦手だった。
「そんなに単純で、純粋で、綺麗事並べて。そのとばっちりを食らうのは俺なんだけど」
楓の口が開きそうになる。
「もう、俺に話しかけないでくれる?」
無理やり遮った。謝らせたくなかった。全部、俺の気持ちの問題なのだ。
静かに教室を後にする。中から、すすり泣く声が聞こえる。
胸がズキリと痛んだが、自業自得だと言い聞かせた。
◆
佐倉さんと村瀬さんがパンケーキに夢中になっているのを確認し、俺は、楓にだけ聞こえる声で、あの日のことを謝った。
それでも、楓に謝らせたくはなかったから、一方的な形になったけど。
楓は嬉しそうに、ありがとう、と小声で言った。
それだけで、心が救われた。
◆
「この服、本田くんに似合うよ」
笑顔で、俺の服を選んでくれる彼女の姿に、胸が高鳴る。
湊と佐倉さんが、気をつかって二人にしてくれた。
湊、頑張れ、と心のなかでエールを送る。
「これは、村瀬さんに似合うと思うよ」
ふたりでそれぞれに似合いそうな服を見繕っていく。きっと、何でも似合うから、俺が見たいものを勧めているだけだけど。
あの日のことを思い出す。
◆
「好きです」
まっすぐ目を見てそう伝える。恥ずかしいし、ものすごく緊張するけれど、ここで勇気を出さないと、一生伝えられる気がしなかった。
「私も好きだよ」
村瀬さんは、一瞬驚いた表情をしたものの、笑顔でそう答えた。
「えっと、そうじゃなくて、恋愛的な意味で、好きです」
村瀬さんの顔を恥ずかしくて見ることができない。
「クラスの自己紹介のとき、俺のことをフォローしてくれて、一目惚れで…。あのときの笑顔とか、うまくウインクできてなかったのとか、したり顔とか、それだけで、時間が止まったような気がして…。これが恋なんだなって思ったと言うか…」
何を言っているんだ、俺は。
村瀬さん、呆れてるかな。そう思って、顔をあげる。
村瀬さんは顔を赤くしていた。それにつられて、俺の顔も赤くなっていくことがわかる。
「ありがとう…あのね、私も本田君のことが好きだよ。恋愛的な意味で。だから、その、えっとね…」
言葉に詰まったらしい村瀬さんに歩みを寄せる。
「好きです。付き合ってくれませんか?」
はい!と答えた村瀬さんの表情は今でも脳裏に焼き付いている。
恍惚としていて、見とれてしまうものだった。
◆
「本田くん?どうかした?」
その声で我に返る。
「いや、告白したときのこと、思い出してて」
「あのとき、私のウインク下手だって言ってたよね」
ぷくっと頬をふくらませる姿もかわいい。
「下手だとは言ってないよ。うまくできてないって言っただけだって」
「じゃあ、どう?」
そう言ってウインクらしきものをしているが、やはりうまくできていない。
思わず笑いをこぼした。こんな日がずっと続けば良いなと願いながら。
◆
「このピアス、九条くんがつけてそう」
楓と村瀬さんと別れて、佐倉さんと二人でいる。
無邪気にはしゃぐ佐倉さんに胸が温かくなる。
初対面のときは、あんなに消え入りそうな声と表情だったのに。
これが本来の彼女なのだと思ったら、なんだか申し訳なくなってきた。
俺が佐倉さんを好きという事実だけで、佐倉さんが黒く汚れていくようで。
「そうだ。はいこれ」
佐倉さんが俺に何かを渡してくる。
「九条くんにはいろいろお世話になったから。ありがとう」
小さな包みを開けると、銀色のブレスレットと、数枚のクッキーが入っていた。
「これからもよろしくね」
そう柔らかな笑顔で告げる彼女を見ていると、心の中のこらえきれない感情が溢れてきた。
「好きだな」
幸か不幸か彼女は、俺の告白には気が付かなかった。
「良かった。九条くん、こういうブレスレットが好きだと思ったんだ。それに、クッキーをよく食べてるから、好きなのかなって」
今は、これでいいのかもしれない。彼女が、無意識にでも俺のことを想って、このブレスレットやクッキーを用意してくれたのだとしたら、それだけで、十分幸せだった。
「佐倉さん。俺、手加減しないから」
一瞬、きょとんとした顔をした彼女はすぐに笑顔になる。
「うん。それなら私も手加減しないよ。九条くんが嬉しくて眠れなくなるくらいのプレゼント、これからも用意するからね」
やっぱり、わかっていない。
楓はよく、俺のことを鈍感だと言うけれど、本当の鈍感は佐倉さんにみたいな人のことを言うと思う。
佐倉さんの手を握り、歩き出す。
はぐれないように、と言ったら佐倉さんが強く握り返してきた。
好きだな、今日何度目かの想いを聞こえないように口にした。
◆
「ほら、こっちこっち!」
おおきく手を挙げてみんなを案内する。
「ここが知る人ぞ知る絶景スポットだよ」
「知る人ぞ知るって、めっちゃ人いるけど」
「みんなその知る人なんじゃない?」
「みんなSNSにアップするから、もう有名どころになったのかな」
路地を抜けて少ししたところに位置する小さな噴水。
四人で木の陰に立つ。風が少し冷たい。
「みんな、大好きだよ」
振り向きざまに、そう言う。
ずっとこの日々が続いてほしかった。
吹き付ける風に髪をさらわれる。
四人で見上げた空は驚くほどに澄んでいた。
_大切なもの4.3
4/3/2026, 8:33:08 AM