薄墨

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スポットライトが当たる。
幕はとっくに上がっている。

腕を伸ばし、語る。
私の想いを。私のセリフを。
私の名前は…

ここはステージじゃない。
ここは砂嵐舞う荒野で、何処までも広がっていて。
今目の前に相対する人間だって、私は初めて会ったのだ。

僅かに目の前の人間が歪んだ気がする。
しまった。
目の前の君は名前が剥がれかけている。

「君の名前はなんだったっけ?」
思わず言葉が漏れた。
言ってからちょっと後悔する。
しまった。
役の外の私がつい溢れてしまった。
今の私の名前は…
心の中で呟く。

周りが赤く染まる。
陽が落ちてきたのだ。
私は、私として言葉を伝える。
君が君として、君の名前を思い出せるように。

セリフを発する。
セリフの裏で、何度も君の名前を呼ぶことを意識して。
君が名前を自分の内に作れるように。

陽が落ちる。
私はゆっくりとはけていく。

私の名前は、たくさんある。
小さい頃は自分で作って、自分で名前をつけた。
大きくなって、ここで1日の大半を過ごすようになり、様々な劇や舞台を経るたびに、私の名前はどんどん増えた。
私の名前には、それぞれ色々な背景や意味、人生があって、でもそれも私で、私の中で絶えず息をしている。
台本を貰うたび、ステージに上がるたび、何かを演じてみるたびに、私の名前は増えていく。

今の私の名前は…
一つ前の私の名前は…
ここで最初にもらった私の名前は…
最初に作った私の名前は…
舞台裏にいる時の、初めてもらった私の名前は……

私の名前はこれからも増えていくだろう。
私が私である限り。
私が演技を好きである限り。

陽が輝る。
私の名前が呼ばれる。
私は、私の名前を抱きしめながら、陽の下へ歩きだす。

7/20/2024, 2:23:03 PM