「神は言った、『光あれ』と。されば、光があった。」
「光は、全てを照らした。光に照らされた世界は徐々に色付き始めた。」
「光は、熱を産んだ。この世界に理を産んだ。物の理とは熱、あるいはエネルギーである。」
「光は、影を産んだ。強すぎる光はやがて、ある場所を懇ろに照らし、ある場所を慎ましく照らすようになった。」
雨音が地面で跳ね返り、燻る駅前で酔っ払いがぶつぶつとそのような事をボヤいていた。ああ、だとしたらあんたは影だ。世間という大きな光が照らすことの無い惨めな―
ああ、沈黙は金という言葉もある。なんせ世知辛い世の中だ。クズがクズに講釈垂れようがなにが変わるわけでもないし、爺の説法に耳を傾けるも一興だろう。
神は1週間でこの世界を作った。
「正確に言うなれば6日だ。7日目は神は休息を取った。ああ、今で言う日曜日だ。基督教の言うところの安息日だ。いや、ユダヤだったか。」
「なんせ急に創った世界だ。間違いもある。なあ、そこの兄ちゃんよ。間違いとはなんだと思う?」
急に話を振られるものだから驚いて表情が強ばった。老人の面を覗き込むと、先程までの酩酊具合からは想像がつかない程の、様な眼でこちらを凝視していた。
「ああ、俺の話をこんなに熱心に聞いてくれるヤツは初めてでな。つい質問しちまったよ。」
で、俺の話はちゃんと聞いてたのか?
「ええ、おそらく聖書の創世記の話ですよね。確か旧約聖書にもありますが。さすがに世界で1番読まれた本だけあって味わい深い音の響きをしてますが、」
「おいおい、俺はそんなことを聞いたんしゃあないぜ。神様だって間違う。それは何かって問うてるんだ。さあ、アンタはどう思う?」
「なにせ私は無神論者ですし、そこら辺の方々の言う神が何たるかを深く考えた事はありませんが、アプリオリに万理が認められる装置と言う解釈をしましょう。それは文化だったり、信仰だったりが担保する所なんでしょうが、要は努力次第です。して、その神が過つと言うのは単に努力不足としか私は思えないのです。解釈の幅の問題と言うか」
「ああ、アンタが言うことはよくわかる。モダンなニヒリズムがよく現れてるよ。だが、明らかな不具合がある。それが無ければ今頃全人類が聖書の全文を空で言えるし、南の空が赤く染まることもなかっただろうよ。あるんだ。明らかな不都合が」
「やみ、の1節ですか?」
「ご名答。光はそこにあった。そしてやはり、やみもそこにあったんだよ。『光あれ』と唱えたその時かつちょうどその時にはな。『光あれ』と唱えたからには光が必要だが、はたして神はやみを呼んだのか、はたまた『光あれ』の前からやみはあったのか。ああ。あったんだよ。やみはそれよりずうっと前から。それこそ神様なんてのが産まれる前からな。やみが、神様をつくったんだ。」
「はあ、いささか暴論の様な気がしますが、なんとなく言いたいことはわかりました。装置としての神はやはり信頼たる程の強度を維持していないというか。定義不足と言いますか、まあ、私も昔からずいぶんと人が作ったような話だなあと思ってはいたんですよね。オチとしては弱いですが、興味深い話でした」
「おいおい、オチはまだ着いちゃいねえよ。俺はそんな神様をつくったやみの使者だぜ。話を聞いたんだから対価を支払ってもらう。神は求めずともやみはすでにもう行ってるんだ。」
男は機敏にナイフを喉元に押し付けた。ああ、そういうオチだったのか―と。やはりクズはクズに変わりやしないんだ。ここで死ぬんだ。そう思った。一筋の光が2人を貫いた。音は雨音に、硝煙は燻る駅という空間に染み込んだ。
#一筋の光
11/5/2023, 8:41:04 PM