ゆじび

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「今日だけ許して」


光はずっと輝いているべき。
ずっとずーっと人を照らしているべき。
私は光であり続けるべき。

アイドルは人に生きる力を与える。
ならアイドルの生きる力は何処から生まれてくるのだろうか。
あの笑顔は。あの愛は。
いったい何処からやって来るの?


私はみんなの光。
ステージで笑い時には努力していつまでも立ち続ける
アイドルには裏の顔があってはいけない。
分かっているが私には「裏の顔」がある。
それは経った一人の彼に恋する乙女の顔。

彼は言っていた。
アイドルはきっと自分の生命を人に与えられるような素晴らしく優しい人達なのだと。
私はその時すぐに言い返したくなった。
生命がなくなったアイドルはどうなるの?
そんなに優しい人なんていない。って。
でも言えなかった彼は「アイドル」の私が好きだから。

彼は私のファンだった。
私がデビューしたときからずっと応援してくれていた。人気が伸びない私のそばにずっと居てくれた。
握手会の度に私にアイドルの素晴らしさを語り、
最後には私に愛を囁いてくれる。
大好き。またね。頑張れ。
彼の言葉がずっとあるなら私は幸せだ。

彼に恋心を持ったのはいつだったか。
いつのまにか恋に堕ちていた。
ずっと彼のそばに居たいと思った。
それと同時に彼はきっと「アイドル」ではない私を
愛すことはない。
泣きたい気持ちだった。
禁断の恋なのだと分かって。
苦しい。この恋心をいつまでも彼には告げることが
出来ないなんて。

彼に対する恋心はいつの間にか「邪魔」になっていった。叶わぬ恋を抱いていたくない。
だから私は彼の目をいつものように見つめられなくなった。申し訳ないけど身体が言うことをきかなくなった。


彼は私のことが嫌いになったのかな。
目を見つめられなくなってから、彼が私に囁く愛が
なくなっていった。
ごめんなさい。貴女の光になれなくて。
ごめんね。


久しぶりの握手会。
少しの憂鬱な気分。
彼はきっと来てくれる。
分かっていて少し嬉しい。
けれどそれ以上の罪悪感があった。

彼の番になった。
なにも喋らなくて、気まずいときが流れた。
もう少しで終わってしまう。
これが最後になってしまう気がした。
彼が口を小さく動かしていった。
「僕が気持ち悪くなってしまいましたか?
最近元気のないのが僕のせいなら僕はここに来るのをやめますね。」
私はとっさに彼の顔を見上げた。
泣きそうで苦しい顔。
私がさせて言い顔じゃない。
彼は続けていった。
「今まで僕の光になってくれてありがとうございました。なにか悩んでいることがあるなら一人で抱え込まないでくださいね。」
そう言って笑った顔がとても痛々しくて。
私の心も締め付けられた。
彼が去っていく。
私は我慢できなくて会場から飛び出した。


「待ってください。」
私が言った。思っていたよりも大きな声が出た。
涙が零れた。
今の私、今までにないくらい取り乱している。
アイドルなのに。
こんなにも彼を愛したくて仕方がない。
「どうか、アイドルらしからぬ私を今だけは許して。」
彼が振り返って言った。
「貴女は、どうして最後まで僕を虜にするのですか。」
彼はきっと泣いていた。
あの笑顔の奥はきっと。
「アイドルでもない。輝くことが出来ない。そんな私でも、どうか、愛してくれませんか?」
彼にこの言葉がどう捉えられたか分からなかった。
でも私は涙を閉じ込めて言う。
「愛しています。貴方はずっと私の光だった。」
怖い。どう返されるのかとても怖い。
でも私は言う。
今までに言えなかった愛を彼に。
彼は言った。
「貴方はいつまでも僕の光ですから。」
彼は泣いた。
愛する人の涙は心を抉るものばかりだと思っていた。
けれど自分の心を癒す。そんな涙が確かにあった。




これは田舎に住むおしどり夫婦の一つの惚気話。

10/4/2025, 1:34:22 PM