薫雨

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【空が泣く】

○月○○日
涙こぼれてぽつりぽつり。
時は空が暁色に染まるかどうかといったところだった。

散乱する、悪口の落書きがびっしりと書かれた筆箱と折られたシャー芯や筆記具類、教科書、ノート。
逆に感心してしまうような丁寧な仕事振りだ、と感心した。
やはり人間なんて生まれたときから性悪ないきものだったのかもしれない。
年を重ねることすらしていない小さな子供が同族を苛めるのだから。

そんな冷静な心持ちとは裏腹に空は泣いていた。
その涙の雨に降られて紙製の教科書やノートがボロボロになっていった。
帰って乾かしたが、ぼこぼことした跡が残った。

……そんなにこたえてはいないはずなのに、どうしてか立ち上がれなかった。



○月○○日
同様の行為は続いている。
あまり、なにも感じなくなっている。
慣れたのかもしれない。
でも疲れているかもしれない。
見捨てても、いいかもしれない。



○月○日
一応先生とやらに言ってみた。
空泣をしながら。
嘘だなんて思われないくらい、とびきり上手にできた。
空泣でも雨は降ってきた。

適当に拝借した置き傘をさして帰った。

○月○○日
餓鬼にロッカーの中に閉じ込められた。
先生は『評価』を気にしているらしい。
大人だってお金が大好きなんだ。
まだ奴らから見た同族への苛めを行う餓鬼どもはもっとお金が大好きらしい。
「金もってこい、天使さまと親にバラしたら殺る」

あいつらの怖いものは親と、天使なのか。
やっぱり先公--先生の最近知った呼び名--と餓鬼は似ている。
多分どっちも同じものが大好きで、きっとどっちも同じものを気にしている。

きっと同じ穴の狢、そんなに違いはない。同じ星の人間。
天罰が下る日はまだだろうか。

○月○日
船を作れ、とのお達しだ。
あいにく私は参加できないが、船ということはきっともうすぐだ。

私が報告したからな。
見捨てる、と。




日記帳をぱたりと閉じる。
ああ、人間というものは思ったよりもずっと汚らしかった。

昔々は我らが守っていた存在というのに。
姿形は似かよっていても、あまりにも中身が違いすぎる。

息を吐いて背をみやる、そこにはすこしすさんだ翼がある。
頭上を見上げる、煌めく光輪がある。
さっきまで隠していたが、もう取り繕う必要すらない。

なぁ、餓鬼どもよ。
最後の引き金を引いたのはお前達だ。

軽いぴしゃん、という音が鳴り響き雷鳴が轟く。
それをはじまりとして世界に天罰が下る。

救われるのは我らの船に乗っている罪なき畜生、それと数名の人のみ。

空が号泣し始める。
仮宿にしていたもうすぐ沈むであろうアパートの窓から翼を羽ばたかせた。

水位はどんどん上昇し、ついには一番高い塔すらも飲み込む。

本当は……こんなにも、同胞が悲しむのなら。
天罰なんてやめておけば良かったかもしれない。
雨は空の涙、天の涙、天使の涙。
泣くということは悲しいということだから、同胞はどんなに悲しみを感じているのだろう。

皆の顔が頭をよぎる。
特に人間に優しかった友は、どんなことを思っているのだろうか。

……私には、わからないな。

やっぱり愛しき守るべき存在に裏切られることはつらかった、のだろうか。



涙が一筋頬をなぞると同時にひときわ大きな雨粒が落ちてきた。

9/17/2024, 8:36:32 AM