あなたがいたから、に続く言葉は大抵「私」や「僕」である。
だが私にとって「あなた」の存在は、私の有り様を規定する独善性を許しはしない程に大きく光っていた。これは比喩では無い、「あなた」は満月である。その匿名性に託けて私はこんな所で「あなた」について書くことができる。満月が月に一度、私たちが自分の生活に必死な最中、それを忘れさせるほんの少しばかりの浮つきに訪れるのは、皮肉な事に私にとっては希望である。
過ぎし日の穴は満ちた月だけが埋めていく。あの日々は「あなた」の声で満ちていた。月が綺麗で、月が綺麗で。
月の美しさを文豪は愛に喩えた。それに倣うように人はまた、月の美しさをまるで月が扱える物のように扱った。私はそれを聞く度に侮辱された思いである。人が言葉にする月の思いに私は嫉妬している。それは浅はかなものだと、私の想いは深く満ちていると信じている。
「あなた」を忘れる日はない。「あなた」が今を生きることもない。私はもうやわな期待を寄せていない。アポロの月面着陸が詩人から月を奪ったとしても、満月は何も変わらない。あの日々は満月の声で満ちていた。「あなた」が綺麗で。「あなた」がいたから、満月がいたから、夜は許しの空気を纏った。
6/21/2024, 8:29:46 AM