─何故、私では駄目だったの。
かすれた声で、そうひとり呟く。
拳は無意識に力を入れていたのか、爪が皮膚にくい込み、くっきりと跡を残していた。
瞼裏には、まだ先程の光景が、鮮明に映し出されている。
あのひとと手を繋ぎ、仲睦まじそうに歩く綺麗な女性。
ふたりの顔には優しい笑みが湛えられており、傍から見ても特別な関係だと言うことがわかる。
─あぁ、お似合いだな。
不覚にも、そう思わざるを得なかった。
滲む視界をどうにかしようと、服の袖で乱暴に目を擦った。
胸が締め付けられるかのように痛む。
そんな私をよそに、ふたりは楽しげに談笑をしていた。
あの女性に罪はない。しかし、どうしても、あの場所にいる女性が憎くて仕方がなかった。
私の方が、出会った時期も早かったし、一緒にいた時間も多かった。
それに、私の方があのひとの事をよく知っている自信がある。
─なのに何故、あの場にいるのが私ではないのか!
『ははっ…』
こういうところなのだろうな。と自虐気味に乾いた笑い声がもれる。
これ以上、此処には居たくはない、そう思い、息が切れるまで走った。
人がいないところを目指し、たどり着いたのは、寂れた公園であった。
─ここ、前にもあのひとと来たことあったな。
そう思い返した途端、タガが外れたかように、涙が溢れ出す。
汚い喘ぎ声をあげ、しゃがみこみ、泣いた。
こんなところにも思い出を置いていくなんて、酷いにも程がある。
『なんで、私じゃ駄目だったの…』
答えは出ているはずなのに、どうしてもそう問わずにはいられなかった。
《涙の理由》
10/10/2022, 11:25:24 AM