「その日その日で文章書いて投稿するから、このアプリもドチャクソにこじつければ、日記帳のたぐいになったりするのかな」
日記っつー日記は書かねぇけど、呟きックスじゃねぇマイナーな『繋がらないSNS』で、それっぽい投稿はしてるわな。某所在住物書きは今回配信の題目を見て呟いた。
「『日記帳アプリ』、『日記帳も同然のSNS投稿履歴』、『私の日記帳見ないで』、『日記帳が日記帳ではなく出納帳だの献立表だの』、『スケジュール帳が私の日記帳』、『愛用の日記帳が廃番』。他は?」
頑張れば色々他にもネタが出てきそうだけど、残念ながら俺、頭ガッチガチに固いのよな。
物書きは悩んだものの、トリッキーな物語を考え出せず、結局無難なSNSのしんみりネタに落ち着いた。
――――――
「私の日記帳勝手に見るとか最低」は常套句である。
では「日記同然」の無鍵SNSはどうだろう。
最近最近の都内某所、深夜の某アパート。
金曜夜飲んだ酒による酷い二日酔いを口実に、かつて物書き乙女であった現社会人がお泊り会をしている。
「せんぱい?」
宿泊先は職場の先輩、藤森の部屋。数年の付き合いで、そこそこに長い。
「どしたの、寝れないの?」
ぐーぐーすーすー、昔々の黒歴史たる、二次元の推しの夢が途中で突然途切れて目を覚まし、
藤森の後輩であるところの彼女は、己の先輩が、遠くのテーブルで茶香炉を焚き、椅子に座って指を組み、うつむいているのを見つけた。
オイルのかわりに茶葉を焙じて香りを出すアロマポット、通称焙じ茶製造器、茶香炉。
淹れた茶、点てた抹茶とは少し違う、火で熱せられた茶葉の出す優しい甘香が、鼻をくすぐり心に届く。
何か精神的にキツくて、お茶っ葉の香りで苦しいのを散らしてるんだ。後輩は察し、藤森に声をかけた。
「大丈夫?」
「気にするな。なんでもない」
案の定藤森の声は細く、小さく、弱々しい。
「少し、……すこし、昔を、思い出しただけだ」
なんでもない。藤森はポツリ繰り返し、息を吐いた。
「昔?例の失恋相手さんのこと?」
「……」
「つらい?私聞いても良い?」
「日記帳のようなものを、見たことがあった」
「日記帳、『のようなもの』、」
「誰でも閲覧可能で、コメントも反応も残せる。何冊も持って、目的ごとに使い分ける人もいる」
「呟きックスだ」
「鍵がかかっていない、簡単にそのひとだと分かる1冊を、いわゆる『別冊』の日記帳を、つい見てしまって。その中に」
「自分の悪口が書かれてた?」
「あのひと自身の感想だ。否定するつもりは無い。ただ、私に面と向かって『好き』と言って、同じ日に『違う。解釈不一致』と真逆を投稿して。そういうことが何度も、何度もあったことを知ってしまって。当時の最新の投稿が『頭おかしい』だった」
「それで傷ついて縁を切った?」
「それだけではないが、確実に、決定打ではあった」
「先輩は悪くない」
「……どうだか」
他人の日記帳を勝手に閲覧したりしなければ、今頃何も知らず、ありもしない恋に一人で浮かれて、きっと『幸せ』にしていただろうさ。
私が「解釈違い」で「地雷」なのに、それでもわざわざ嘘言って、手離したがらない人だったから。
自嘲に笑う藤森に、後輩は唇をかたく結んで、賛同しようとしない。
「悪くないよ」
後輩は繰り返し、この善良で真面目な先輩の、深い深い心の傷がいつの日か癒えて塞がることを、誰にとなく祈った。
8/26/2023, 3:59:39 PM