お題『それでいい』
「それでいい。それでいいんだ」
「父さん……?」
そう言った父は血の海に沈んでいた。思わずかけよった自分の頭をそっと撫でる。
黒い髪が赤い液体で湿った。
自分は殺し屋だった。毎夜依頼に従う、血も涙もない人だ。そのはずなのに。なんで。
「父さん、父さん!」
殺し屋として培った技術を忘れ、声を荒げて父を揺さぶる。銃を落としたような気もするが、今は如何でも良かった。
父は自分が殺し屋だ、なんてことを知らない。いや、知らないと思っていた。まさか父に庇われるなんて夢にも思わなかった。
「お前は、日の光の下の方が似合うよ。だから、それでいいんだ」
痛いはずなのに。苦しいはずなのに。自分の頭を撫でる手は優しくて。笑顔が眩しくて。
こんなはずじゃなかった。赤色に透明な液体が溢れる。
父を殺した人について考えるのは後でもいい。ただ、今はすっかり冷たくなった父のすぐそばにいたかった。それだけだ。
4/4/2024, 10:42:22 AM