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今日、午後2時、どちらかと言えば田舎の交差点。
少しコンビニなどが建っているものの、周囲の見渡しは良好。
しかし、この時間帯はやはり暑い。だから人は全くいない。……強いて言えば、若い男女と幼稚園児ぐらいの女の子が横並びで歩いている。家族だろう。三人とも、リュックサックを背負っており、男は子供が好みそうなキーホルダーが付いたスーツケースの持ち手部分を持っている。セミの鳴き声をバックにスーツケースのキャスターが転がる音が響く。それが、どこか懐かしく感じた俺は、歩道に生えている小さな雑草をぼんやりと見つめる。
思い出にふけっていた俺を現実に引き戻したのは信号機が赤信号を告げた時。
転がる音が止まり、後に響いたのは鈍い、グロテスクな音と叫び声だけだった。
それに驚き、俺の視線は上に動く。
それと同時に、俺は息が詰まった。

血に塗れた車道と歩道。
涙を流し、声を上げる先程の家族。……その中に、女の子は居なかった。
あるのは車の近くでぐちゃぐちゃになっている女の子らしき肉塊だけ。
しばらく息も、思考もまともに出来なかった。
……信じたくなかった。先程まで、あんなに幸せそうだった家族が、一瞬にして不幸になったのだ。


事故の後。
様々な作業……記憶は無いが、大変だったことだけは覚えている。
そんな作業が終わり、帰路についた時。
近所の、全く関わったことのない人……主婦らしき人々の会話が聞こえてきた。
……あの子の母親は、生まれつき妊娠できない体質だったそうだ。
少し視線が下に向き、足取りが重苦しくなりながらも、無事に家には帰れた。
そして、あの事故はどうして起こったか、というと。
完璧に、車に乗っていた人の過失だった。
信号無視。彼が行った行為はそれだけだった。それだけのことだったのだ。
あの時、記憶から消したくても消せないあの時。信号機は、運転手の彼に対して赤信号を告げたのだ。
事故の後、彼は、速攻で思い付きそうな薄っぺらい謝罪の言葉を述べた。
違う。肺の上側に溜まっているような学生のジョーク程に薄っぺらい言葉はいらない。心の奥底で自分の小さくて大きな業のことを後悔しているか、人の死を悼んでいるかを知りたい。俺は被害者では無い。俺が言えることではない。彼女らの苦しみは彼女らにしかわからないんだ。
それでも、どんなに被害者が苦しんでいようと、法律とやらに従うことしか上の奴はできない。
やり場を無くした真っ黒の感情は、心の奥に積もっていく。
底が見えなくなって、ただの闇になっても、無慈悲に積もっていく。
どうしたら良かったのか。
今となっては、何もわからない。



お題:言葉はいらない、ただ・・・

8/29/2023, 12:22:23 PM