Kanata

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大粒の涙で脚色された彼の長い睫毛を目にして、
なんの施しもない
あどけない素肌に触れられることを許されて、
僕は本当の意味で彼の真髄に焦がれることができたのだ。

煙たいオーディエンスの評価も、
はたまた"先生"なんて
呼ばれたあのお方の絶対的審美眼も、
彼自身による黒黒と燻る自己嫌悪も、
僕が感じた本当の彼に対する
抗えもしない運命的な魅力の前では何もかも無意味だ。

道化なんて言葉は、
それこそあの天才小説家でもない我々には必要がない。
今まで散々称え祈り続けてきた
"完璧"なんて聞こえの良い言葉は、
一種パノプティコンのような我々という
愚かな罪人を包囲し監視する末恐ろしい呪いにすぎない。
理想と完璧の区別が付かなくなる前に僕らは、
この何処までも続く永久の牢獄から抜け出さなければならないのだ。幾度夢見た天国への汽車に乗り遅れる前に。

誰でもない自身が用意した出来損ないの台本を、仮面を、 スポットライトを、嘘と見栄と苦労ばかりで象られた己を燃やし尽くす日の足音が刻々と僕らの心臓を揺らして回っている。

僕らは、登場人物でも比喩でもない
本物のユダに成らなければいけない。

僕らは、自然体という名の 
世界一清らかな美に気が付かなければいけない。

僕は、彼を幸せにしなければならない。


2026/03/02【たった一つの希望】

3/2/2026, 11:21:25 AM