緋鳥

Open App

「もしもタイムマシンがあったらあなたはどうしますか?」

 駅の広告にそんな文句が書かれていて、思わず足を止めた。
 もうすぐ始まるドラマの広告文だった。綺麗な女の人が手を伸ばして何かを掴もうとしている構図。何かを取り戻したいのか、その何かはポスターからは分からない。ドラマのお楽しみというやつだ。
 当たり前の構図。よく見た構図。引き込まれたのは、ただ、とても綺麗な色使いだったからだ。無機質な駅の構内に、そのポスターは綺麗な色をして目立っていた。

「タイムマシンねえ」

 ショルダーバックを持ち直して、そのポスターから目を逸らして駅の中を急ぐ。いつもの電車には間に合いそうだ。

 過去に戻れたら。未来に行けたら。タイムマシンがあったらどうする?
 
 人生で何回か問いかけた事はある。誰だって一度は考える話題だろう。

 未来の子供の姿が見たい。未来の結婚相手が初恋のあの人なのか知りたい。
 過去に戻ってやり直したい。過去の失恋をやり直したい。過去に戻って子供の頃に死んだ両親に会いたい。

 戻れるなら、進めるなら。

 だが私は、時の流れが止まらないことを知っている。過去は戻らず、未来はその瞬間になるまで分からない。一秒ごとに過去になる。一秒ごとに未来が来る。

 不意に、戻りたい過去を思い出した。

 虐められていた学生時代。笑われ、涙し、悔しがり、憎み、助けられず、何も分からず、ただ耐えていた学生時代。今でこそ、ネットの海に火種を放り込めば炎上するような壮絶なものだったが、誰も彼も見て見ぬふりをし、影で笑っていた。
 現実を忘れるように、勉強した。勉強すればするほど、それをネタにまた笑われたが、人生を点数で見る社会では、結果的にそれが良かった。

 必死に勉強したおかげで、大学に行け、さらに勉強した。そして、今はスーツに身を包み、公務員という立場になれた。
 ホームにたどり着くと、ちょうど電車がやってきた。乗り込み、職場に着くまでの間にメールやネットニュースをチェックする。

 電車の窓に、私の姿が映っている。
 マスクの下で微笑む。

「大丈夫。なんとかなってるよ」

 過去の私に届けるように、呟いた。
 死ななければ、未来は来るのだ。

7/23/2024, 1:09:11 AM