葉月

Open App

「あなたがいたから」

 戦争は突然始まった。いつか、やって来るその日が、来ないと思えたのは、それは単に楽観的な希望に過ぎなかった。

 私の祖母は、よくナチスと戦った頃の話をしてくれた。十八歳の兄が徴兵で戦場に行き、いまもどこでどの様に死んだのかわからないと、涙をこぼしながら話をする。年老いたせいか、何度も何度も、兄と過ごした幸せな日々を繰り返し語った。大切な家族を失った喪失感は癒えることがなかった。 
 徘徊が始まったのは、昨年のことで、真夜中に家から出て行かれると危ないから孫の私が祖母と同じ部屋で眠る事になった。そこは狭い屋根裏部屋でベッドがひとつあるだけだった。小さな南向きの窓にはカーテンもなく、月のない夜は満天の星が瞬いていた。私は祖母と同じベッドで眠った。寒い季節は体をくっつけている方が温かかった。 
 「にいさん!」
 ある夜、突然の声に飛び起きた。そして祖母が私の体に覆いかぶさるように抱きしめてきた。それは、我が家が爆弾で破壊されたのと同時だった。目が覚めた時、祖母の傍らには若い男性がいて、祖母は嬉しそうに満面の笑みを浮かべていた。二人は手を繋いで夜空に浮かび上がり、私を見下ろしていた。

 あれから一年が過ぎた。戦争が終わる気配はなかった。祖母と両親を失いながら奇跡的に助かった私は、いまはポーランドで祖国に帰れる日を夢みている。

あとがき

 小説のプロットのようなもの。

6/20/2023, 10:56:50 AM