『蝶よ花よ』
「私、蝶よ花よと育てられたの。」
緊張のあまり、手のひらに人を書いては飲むを繰り返していた俺。そんな俺を見て、彼女は唐突にそんなことを言った。…このまま数分も歩けば予定通りの時間に彼女の実家に到着するだろう。
「パパはね、仕事が終わった後、いつも急いで家に帰ってきた。その後、めいいっぱい私と遊んでくれるの。今思えば、パパだって仕事終わりで疲れてたのにね。私にはそういう所、全然見せてくれなかった。」
全然見せてくれなかった。なんて不満げなはずの彼女は、しかしうっすらと口角を上げて楽しげに続ける。
「ママはね、いつでも私の話を聞いてくれて。洗濯物を畳んでるときでも、お掃除をしてるときでも。私が話しかけると絶対に一度は手を止めて、私の目をまっすぐにみつめて話を聞いてくれた。だからかな?ママにみつめられると、すっごく安心する。」
隣で歩いていた彼女が足を止めたから、自然と俺の足も止まった。目の前には、綺麗に整えられた一軒家。
「貴方はこれから、そんな私を貰い受けに行くんだから、気合い入れて頑張ってよね!」
得意げになって笑う彼女は、まさしく彼女のご両親が手塩にかけて育て上げた美しい華だ。
緊張はまだしている。それでも、俺もこの先ずっとこの美しい華の隣にいたいから。
俺はこの震える指を、インターホンへと伸ばすのだ。
8/8/2024, 1:53:01 PM