すゞめ

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『寂しくて』

 リビングで部屋の掃除をしている途中で、彼女が帰宅した。
 
「ねえ。ポッキーゲーム? してみたい」
「は?」

 珍しく菓子箱を持ってきたと思えばなにを言い出すのやら。

 アスリートとしての活動を緩めた彼女が、お菓子を解禁して1ヶ月。
 彼女の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。

「だから。ポッキーゲーム? しよ」

 気のせいではなかった。

 今日は11月11日。
 どこからか、今日がポッキーの日であることを仕入れてきたのだろう。
 楽しそうに目を輝かせている彼女は何年経とうがかわいいが、俺は頭を抱えた。

「……」

 彼女から「しよ♡」なんてかわいく迫った内容がキスではなくゲームとか、テンションが上がりきらない。
 我ながら贅沢になった自覚はあるものの、低俗ともいえる提案に大人の対応でかわした。

「今、お茶を入れますから。手を洗って少し待っててくださいね」
「違うっ!」

 雑すぎて、さすがの彼女でもごまかされてくれなかった。
 ギリギリと歯ぎしりまでして不満を表す彼女に、俺は白旗を上げる。

「す、すみません」

 雑にはぐらかしたことに対しては謝罪をしたものの、せっかくのおやつタイムをゲーム感覚で消費するのは気が進まなかった。
 ましてやポッキーゲーム。
 それではしゃげるのは合コンに勤しむヤツらだけだ。

 あ!?
 まさか誘われたわけではないだろうな!?

「あんなの若い男女が合コンでイチャつくための口実でしょうが。まさか、結婚までしたのに誘われたんですか? 合コンに? 行くつもりですか? 浮気ですか? させるわけありませんし行かせませんよ?」
「ちょちょちょちょ!? 待って、違う! どうした!?」

 どうかしているのは彼女である。
 これまでの彼女であれば、食べ物でゲームをするという発想なんてできなかったはずだ。
 どこのどいつに入れ知恵させられたのか、回答次第ではおやつタイムを封印しなければいけなくなる。

「合コンには誘われてないし、ポッキーゲームはSNSで見たのっ!」
「SNS、ですか?」

 また変なもの見て……。

 携帯電話のペアレントコントロールを設定して、スクリーンタイムも管理してやろうか。
 つきたくもないため息が溢れた。

「そんな口実なくても、あなたとイチャつける権利を3年かけてもぎ取って、3年かけて愛を育み、これからは一生一緒ですね♡ って約束の指輪を贈って幸せな家庭を築くための契約をしてから3年も経つのに」
「その言い回しすっごくヤダ」
「あなたのその言い方はめちゃくちゃかわいいです」

 ジト目を向ける彼女の視線は受け流して、腰を抱いて距離を詰める。

「寂しくて俺とキスをしたくなっちゃったのなら、最初から素直に言ってくれればいいのに」
「は? そうじゃな……んむっ」

 彼女の主張をキスで塞ぎ、何度かその柔らかな感触を堪能した。

「お菓子なんて必要ないでしょう? あなたのお口の中は温かくて柔らかくて蕩けそうなくらい甘いのに」
「甘いのは、そっちだから……っ」

 トンっと俺の体を押し返したあと、彼女はソファに腰をかける。

「でも、そっか。意外だった」
「どういう意味ですか?」
「ん?」

 携帯電話を充電コードに挿したあと、彼女はまじまじと俺を見つめた。

「動画を何本か見たけど、あれってどっちかが我慢できずにポキって折っちゃって唇に貪りついたり、視線交わして羞恥心煽って焦らし合うからチョコ側を齧ってる人の唇が汚れてしっかり舐め取ったりするからその先まで盛り上がれるんじゃないかなって思ったんだけど……」

 は?
 なんだ、そのドすけべすぎるイベントは。

 一体、彼女がどんな動画を見てそんな見解を示したのかが気になりすぎる。

「いつも執拗に攻めて焦らしてくるれーじくんが、効率的で寄り道なしの最短ルートを求めてるんだと思って……」

 んんんっ!?

 待てと我慢はできないとずっと言い続けているのに、執拗だ焦らすだとかどういう見解だこれは。
 年々、彼女のプレゼンと煽りに磨きがかかっていてつらい。

 菓子製造メーカーの回し者か?
 それとも卸売業者か?
 シゴデキすぎて惚れてしまうが?

 そんな力説をしてまで、俺とポッキーゲームをやりたがる彼女がかわいすぎる。

「そこまで言うのであれば、いいですよ?」

 すっかり絆された俺も、彼女の隣に座った。
 青銀の横髪に触れ、耳にかける。
 耳朶の裏側をなぞって小さく跳ねる薄い皮膚の反応を楽しんだ。

「いっぱい焦らしてあげますから。楽しみにしててくださいね?」
「ちょ、そっ、まっ!? どんだけやるつもりっ!?」

 サアッと血の気を引かせるが、どこまでやるかだなんて決まり切っている。

「もちろん『お願い♡ もう我慢できない♡ メチャクチャにして♡』っておねだりしてくれるまでです」
「趣旨変わってるじゃん!?」
「要はいつもと違った刺激が欲しいんでしょう?」

 邪魔になりそうな眼鏡を外して、彼女に向き直る。

「がんばりますね♡」

 もう一度、彼女にキスをして俺は菓子の外箱を開けていった。

11/11/2025, 6:47:57 AM