駅前の広場に子供がいた。
仕事帰りだった。もう時刻は二十二時を回って、くたびれたサラリーマンもそう多くない。
頬の赤いその子供はたった一人で、街灯の下、星一つない曇り夜空を見上げている。カラフルな色合いのニット帽とダウン・ジャケットは少しぶかぶか、たぶん買って間もなくだろうと思ったが、それにしてはやけに古びている。私は、
「こんな遅くになにしてるんだ。両親は?」
と声をかけた。子供は顔を上げたまま、ちらと視線だけをこちらに寄越して、
「雪」
「雪?」
「雪をまってるの」
そしてまた元のように空を見つめる。白いため息をつき、
「今夜は雪は降らないよ。うちに帰りなさい」
「やだ」
子供は口をとんがらせて言った。子供らしい意地っ張りというよりは、むしろ女のつく嘘のような匂いがした。
「どうして? また明日、雪が降るのを待てばいいじゃないか」
と訊ねた。子供は間髪入れず、
「去年ね、雪が降ったでしょ」
「………ああ、そうだね」
思い出すのに手間取った。がきの頃と違って雪はそう印象深いものではない。
「そのときにね、お母さんが「雪を見るのはこれで最後ね」って言ったの。それからすぐにお母さんは死んじゃったんだけど、雪だるまをつくったらよろこんでくれたから、今年もつくろうって思ったの。お母さんね、明日の朝ごろに死んじゃったから」
「………そうか。じゃあもう少しだけ待とう。寒いしおでんでも食うか?」
「うん、食べる」
「そこのコンビニで買ってくるからまってなさい」
私はなんとも言えぬ感慨のまま駅前のセブンに寄って、こんにゃく、大根、それからちくわを二つずつ買った。両手に湯気の出るカップを持って自動ドアを出ると冷たいものが首を撫でた。雪だ。年甲斐もなく心をおどらせながらあの街灯の下にもどった。
子供はもういなかった。
12/15/2024, 2:39:39 PM