渚雅

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「怖いな」
「なにが?」

きょとん と擬音を当てたくなるような,キャラメル色の瞳に見つめられて,ようやく自分が声を出していたことに気がついた。

さっきまで読んでいたはずの小説は栞を挟まれ机の横に避けられている。


「いや。なんでもない」
「そう」

不満げな眼差しで数秒,納得できないと二三度 瞼が瞬く。それでもやがて引き下がった。

それから,次の瞬間にはまた何でもないように,本を手に取って視線を落とし口を噤んだ。


声が上げられることのない静寂の空間。ただただ呼吸とページをめくる音だけが響く。

一人と一人が重なった時間。それは日の差し込んだ図書館のような,どこか不可思議な特有の空気が流れる。



そんな空気に酔わされて 娯楽の為なはずの文章を紐解くようになぞる表情を眺めながら,問いかけられた言葉の返事を 一人考える。

怖い。なにが。『(真っ直ぐな)その視線が』
なんて言えるわけがない。理由を聞かれても説明できない。だって自分自身よくわからない。


わからない思いを無理やり あえて言語化するのなら,きっと僕が臆病だから なのだろう。隠している心の奥を覗かれるようで,互いが違う生き物だと まざまざと見せつけられるようで,どうしようもなく恐ろしくなる。

揺るぎない 不躾なほど真っ直ぐな 氷細工の太刀のような視線が。第三者のエキストラであることを許さないから。誰にも染まらない凛とした姿勢が。間違うことも躊躇うことも否定するから。なんでもないように核心をつく言葉が。正しさだけを示し続けるから。



今回の作品は気に入ったのか,柔らかく緩んだアーモンド型を見ながら思う。"瞳は心の鏡"いつかどこかで見たそんな表現が妙に腑に落ちる。そんな瞳の持ち主だと。

飾り気も誤魔化しもない そんな性質がとても好ましくて,酷く眩しくて やっぱり恐ろしい。


ああ,これはまるで。

「鏡みたいだから」

誰にも聞こえないように 空気だけを震わせるように呟いた端的な理由。聞こえているのか いないのか,今度は疑問が投げかけられることは無かった。


テーマ : «見つめられると» no.7 - 66

3/28/2023, 2:22:40 PM