『祈りの果て』
あるところに、老いた修道女がいた。
彼女は寂れた礼拝堂で、今日もひとり天使像に向かって傅いていた。
彼女の祈りはいつも同じ。
「世界が平和でありますように」
五十年間、毎日欠かさず祈り続けてきたことだ。
ある夜、祭壇の上の天使像が彼女に囁いた。
《あなたの祈りは聞き届けられた》
彼女は驚き、窓の外を見た。街は静寂に包まれ、何の物音も喧噪もない。
翌朝外へ出てみると、人々はみな笑みを浮かべ、穏やかに佇んでいた。
誰もが、ただ穏やかに。
働く者も、話す者も、泣く者もいない。
争いの種となるものすべて、富、名声、意志、欲望、感情、そして言葉までもが、祈りによって消し去られていた。
彼女は一度だけ大きく息をつくと、ただ佇むばかりの人々の輪に加わった。
11/14/2025, 4:59:15 AM