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彼の淹れる紅茶が、なんの茶葉かなんて考えたこともなかった。よく思い出してみれば、毎日違う香りがしていたような気もする。
それは沢山の紅茶缶が、彼の部屋に並べられていたのを見たことがあった。
一度聞いてみたことがある。
「執事さんは、紅茶すきなの?」
彼は逡巡してから、
「仕舞うところに困るくらいには、すきですね。お嬢さま権限で部屋を大きくしていただけるのですか?」
と冗談まじりに返してきたと記憶している。当時の私は幼くて、大真面目に
「ばか言わないで。そんな力あるわけないでしょ。」
と言った。
その頃、私がいちばん楽しみにしていたのは午後のおやつだった。そこにいつも一緒なのが彼の紅茶というわけで、実によく覚えている。

狭いひとり暮らしの部屋で、かえらない思い出がふと蘇っていた。寝転んで天井の黄ばみを眺めながら、シンク下の奥底で眠っている安い紅茶のティーバッグを思い出してみる。買ってみたものの、自分ではどうも上手くいかないのか美味しくなかった。
「あー」
実家の広い部屋とか、美味しいコース料理とか、きらびやかなパーティとか、二度と口にできない彼の紅茶とか、どうしようもない感情がうずまく。
「あー」
陽は落ちて、暗がりに天井が見えなくなっていく。
ピコン
スマホが通知音と共に画面を光らせた。
『ミカ:必修の課題おわった?』
「あ、やってない……」
思わずそう声に出してベッドから起き上がった。カーテンを閉めて電気のスイッチを押す。リュックに入ったままのパソコンを引っ張り出しながらこう返信した。
『まだ笑笑』

10/27/2024, 1:32:07 PM