世界は灰色だ。なんの希望もない。
人々は罵り合い、お互いがお互いを比べ合う。
夢を語れば馬鹿にされ、一度の過ちで非難される。
こんな世界になんの意味があるって言うんだ。
もういい。もうやめる。
何度も思って、だけどやらなかったこと。
いなくなるなら、都会の喧騒なんかより自然豊かなところにしよう。
僕は降りたことのない駅の改札を通る。
ここまで来ても景色は灰色のままだ。
誰もいない。そりゃ、そっか。こんな辺鄙なところに人なんているはずがない。
廃れた商店街を抜ければ、広大な畑がいくつもあった。
だけど僕が目指しているのは山だ。人のたち入らないような。
視線の先にある山は想定より遠い。ただ家がぽつぽつとしかないから人と会うこともないだろう。
黙々と歩いていく。バスに乗ろうか迷ったけれど、バス停には2時間来ないようだ。しかたなく諦めた。
「あぶない!」
気づいたときには遅かった。あざ笑うかのような斜めに傾く灰色の景色がやけに脳みそにこびりついた。
神様が舞い降りてこう言った。
「怪我してない?おにいさん」
神様が手を差し出す。奇跡的に怪我はしてないようだった。僕はおそるおそる手を取る。
「おにいさん、この辺の人じゃないよね。観光地でもないし」
ぎくりとする。誰にも会わないまま、入山する予定だったのに。
「おにいさん、お腹すいてない?」
そこで僕は盛大に腹を鳴らしたのだった。
どうぞ、と渡されたのはトウモロコシ。
「茹でてあるから熱いかも」
歯を当ててみると言っていた通り、熱い。
セーラー服を着た神様、というより女神様はお腹を抱えて笑う。
「1に睡眠、2に食事、3、4が無くて、5は食事で6も食!」
「食べてばっかだ。体型とか気にならないのか」
女神様は破裂しそうなほど頬を膨らませ、
「完全に気にしないわけじゃないよ。でも私は美味しいもの食べたら幸せなの」
とそっぽを向いた。
「もし誰かがお腹すかせてそうな顔してたら、私はきっとこうやってなにかをあげるんだ」
僕はもう一度、トウモロコシをかじる。
甘かった。食べれば食べるほど、草花の濃い緑と空の青さとセーラー服のリボンの赤さが世界を縁取っていた。
どんどん甘さが増していく。
女神様はトウモロコシ色のハンカチを貸してくれた。
7/27/2024, 12:42:52 PM