空に向かって
独り、空に向かって。
祈るでもなく、
願うでもなく。
ただ黙って、
見上げているお前を、
オレは見ていた。
雲の奥、深く沈んだ声で、
お前はきっと、
あの人の名を、
呼んでいたんだろう。
届かないと知りながら、
それでも呼び続ける心が、
お前を辛うじて、生かしていて。
そして、静かに蝕んでいく。
微笑みを忘れた口唇が、
どうしようもなく、美しかった。
その沈黙に触れたくて、
けれど、触れれば壊れそうで。
何も出来ないまま、
目を逸らしてしまう。
オレには、
お前の哀しみに踏み入ることも、
絶望に手を伸ばすことも、
出来はしない。
だって、そこには、
あの人が、ずっといるから。
なぁ。
お前は空に向かって、
誓ったのか?
必ず、あの人のもとへ還ると。
それまでの命は、
ただの通り道だと。
そんな想いを胸の奥に沈めて、
静かに日々を生きるお前が、
どうしようもなく、憎らしくて。
どうしようもなく、愛おしかった。
見詰めることしかできないオレに、
お前は気付かない。
それが、痛いほど苦しいんだ。
空に向かって、
お前の影が、そっと揺れている。
オレには見えない誰かに、
微笑んでいるみたいで。
そのお前の横顔が、
オレの心に、チクリと、
小さな痛みを与える。
そうして今日も、
お前は生きている。
死を想いながら、
生きるふりをしている。
――その芝居は、
あまりにも真摯すぎて。
オレはただ、空に向かって、
溜息を吐く事しかできないんだ。
4/3/2025, 6:57:23 AM