シシー

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 ――個人の能力によって桜は美しくなる

 本当にその通りだった。
何年もかけてようやく花をつけた小ぶりの桜を前にはしゃいでいたのが馬鹿らしくなった。

 枯れ木同然だった古い木に彼女が触れた途端、ただ力なく垂れ下がっていた枝が花を降らせるかのように柔らかく垂れた。濃淡様々な花弁が品よく並ぶ枝の微かな揺れは側へと手招きしているようで自然と足が向き、枝を仰げば息を呑むほど美しい景色が広がっていた。らしい。

 興奮気味に語った彼女はもういない

 ある日、彼女が何日も帰ってこないとルームメイトが訴えた。最初は他の子のところにお泊りしているのだろうと放っておいた。だが、一度も部屋に戻ってこないことを疑問に思い、翌日彼女のクラスまで訪ねたらここ最近ずっと欠席していると言われた。同じ寮生に聞き込みをしても誰も彼女を泊めていないと言う。
そこから話は広がって学園中を探し回ったが彼女の姿はどこにもなかった。

 私も彼女を探すのを手伝ったが何の手がかりも掴めなかった。もう5月も半ばで夏の気配がちらつきはじめたせいかかなり暑い。木陰を求めて一時期話題になった桜の園に入った。すっかり葉桜になってしまった青々とした木々を見回して、ある1本の木の下に腰掛けた。美しいと言われた景色はもう広がっていない、彼女が咲かせたあの桜だ。
 ぼんやりと枝を仰いで、花が咲いていたらどんな感じだったか考えた。涼しい風が吹いて枝が揺れる。手招きのようだ。招かれている。側に。

「能力とか、関係ないんだ」

 単に望んだときに近くにあったから呼んだだけ。
 そうやって彼女も消えた。
 でも、なんだか悔しい。

「どうせなら花のときに招いてよ」

 私はいつまで経っても彼女には及ばないらしい。
 ずるいな。


             【題:静かな情熱】


・ちょっと補足・
 桜の下には死体が埋まっている、というのを思い浮かべてほしい。器量がいいとか、飛び抜けて頭がいいとか、何かしら人より優れたものを持つ人ほどいい肥料になるとする。

4/17/2025, 1:27:28 PM