一尾(いっぽ)

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→短編・目醒め       (2024.7.11 改稿)

 目が覚めると、流れていたはずの車窓の景色が止まっていた。前後の座席が軋み乗客が立ち上がる。
 窓の向こうに見えるのは私が乗っているのと同じくらいの大きさの高速バス、バス、バス……。
 そうか、SA だ。夢うつつで休憩の案内を聞いたような気がする。
 私も他の乗客と同じように席を立った。
 空に満天の星空。街から離れた山間にあるSAエリアでは、星の光をさえぎる照明の影響を受けにくいのだろう。
 何となく土産物屋を見る。ご当地キーホルダーを手に取ると鈴の音がシャラシャラ鳴った。
「こういうのって買ったらすぐに付けるのかな?」 
「それくらいのテンションがないと無理かもね」
 私は彼女との会話を思い出す。別のSAで私たちはそんな会話をした。あの頃、私たちはよく一緒に旅行をした。のんびり屋の私と計画的な彼女。バス旅行ではいつも彼女に起こされたっけ。
 ほら、ねぼすけさん、そろそろ目を覚まして、と揺さぶられたものだ。苦笑含みのその声がなぜだか妙に心地よくて、目が覚めていても彼女に起こされるまで眠ったふりをすることもあった。
 そんな彼女の声が、戸惑いと説得の色を含んだのは私たちの最後の会話でのこと。
「ねぇ? 本当にイイと思ってるの? 止めたほうがいいよ。目を覚ましなよ」
 私の選択を彼女は理解しようとしなかった。そのことが悲しく、歯痒かった。私は彼女との連絡を断った。
 あれから私は地元を出て、人の多い街で暮らした。
 結局、彼女が正しかった。
 私の選択は自分よがりで人を傷つけた。人の不幸の上に幸せの城を築こうとしたのだ。我に返ったときにはもう全てが手遅れだたった。
 罪悪感に苛まれ、失意と後悔でぼんやりと日々を送る私の下に、彼女のハガキが舞い込んだのは先日のことである。
―覚えてる? 夏の花火大会、もうすぐだよ。
 人伝に私のことを聞いたのだろう。
 私は衝動的に高速バスに飛び乗っていた。

 休憩を終えてバスに乗り込む。再び車窓の景色が流れ始める。
 私は明日の晩を想像する。二人で河原に場所取り。何から話そう。謝りたいこと、感謝したいこと、また一緒に旅行したいこと……。
 花火が上がるのを待つ間、この移動疲れで眠り込むようなことがあったら、彼女は起こしてくれるかな?
「ほら、ねぼすけさん、そろそろ目を覚まして」

 うん、ありがとう。私、やっと目を醒ましたよ。

テーマ; 目が覚めると

7/10/2024, 3:45:42 PM