世界の片隅にて

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『無色の世界』

「色のない世界、というのは?」

報告書を読んでいる部下が、急にそんな声をあげた。いや、急というより、そこの部分を最初は読み飛ばしていたが、どうにもそれだと流れが読みづらかったから聞いたのだろう。
無理もないことである。こっち側の人間にとっては当たり前のことだから、わざわざ説明していないだけで新人にとっては明らか異常な出来事であるからだ。

「"色奪い"ってやつが引き起こす、一種の領域だよ。文字通り、色が抜け落ちた空間。ま、一定時間で収まるんだけどね。奴らの食事のようなものだし」
「……なんか、地味じゃありません?」

部下はそう言って、眉を下げて口に弧を描く。地味、普通の人間にとってはそうなのか。
ふと席を立って、棚に手を伸ばす。手にするのはR5の欄、つまり今から三年前の記録だ。題目は『ある画家の失敗』。薄い資料から察する通り、小規模事件、の類いである。

「……これも、色奪いが引き起こした事件だ。読んでみなさい」
そう言って、部下に資料を手渡す。困惑している様子で、そして小声で「気に触ってしまったかな」と口にしながら、彼は資料を捲った。

「なんですかこれ!? 色がぐっちゃぐちゃ……」

そんな素っ頓狂な声をあげる部下に、私は微笑む。

「知ってるかい? モノクロの中だと、青が一際暗い色に見えて、黄色は逆に明るい色に見えるらしい。絵を書いてる途中で、色奪いの食事が始まってしまったから、そんな独創的な色の絵が産まれてしまったのさ」
「特定の状況が噛み合った瞬間に、人の仕事を台無しにする怪異かぁ……。そりゃ、嫌われますよね。うん」

部下は、苦笑いを浮かべて資料を閉じる。まぁ、その件の絵は逆にその色使いが話題となって、オークションで高い値が着いたらしいが、それは黙っておこう。

4/19/2026, 4:44:31 AM