【過ぎ去った日々】
桜が舞い散りはじめた四月の中旬。
カツカツと石畳をヒールが叩く音で
一人の少女はゆっくりと微睡みから目を覚ました。
「んんん……」
まだ眠いのか今にも落ちそうな瞼をこすりながら
少女は忙しなくあちらこちらへ視線を向けた。
ついに音の出処を見つけた少女は大きく目を見開き
先程の眠そうな様子はどこへやら、駆け出していく。
少女が駆け出した先にいるのは
パンツスーツを格好よく着こなした一人の女性。
その女性は少女の前に辿り着くと少し苦笑して謝った。
「久しぶり。ごめん、だいぶ間空いちゃったね。」
「え〜久しぶりじゃん!
気にしないでよ〜、忙しそうだったし!」
少し暗い女性の表情とは対照的に
少女の表情は明るく声音は弾んでいて楽しげだ。
久しぶりに会えて嬉しいのだろうか。
女性は今度は少女の目の前に日本酒を差し出した。
「あんたが好きかはわかんないけど、
成人したわけだし物は試しってことで持ってきた。」
桜餅に合うらしいよ、そう言いながら日本酒を注ぐ。
少し濁った透明の液体がお猪口の中でとぷんと揺れた。
そのお猪口を興味深げに見ていた少女は差し出されたお猪口に手を伸ばしかけ…景色に目を奪われ手を引く。
ひらり、はらりと桜の花びらがお猪口の上に落ちた。
差し出した女性も目をまん丸くしてそれを見て
…ゆるり、と黒曜石の瞳を細めて笑う。
「花見酒だよ、___。」
「花見酒だね!」
…と女性の瞳から一筋の雫が零れ落ちた。
「あれ……」
「えっえっ、どした、どしたの?!」
わたわたと手を動かし少し慌てた様子の少女は
雫をすくい上げようと女性の頬へ手を伸ばす。
けれど、
その手が雫をすくいあげることはなく
雫はその手をすり抜け地へと落ちた。
「あんたが…いなくなってから、
もう四度も季節がめぐったんだね。」
ぽたりぽたりと涙を溢しながら寂しい、と
あんたに会いたい、そう独りごちた女性を
少し切なげな表情で見た少女は柔らかく笑んだ。
「あたしは幸せだったよ、だからさ」
__しあわせに、なってよ。私が羨むくらい、さ。
それが聞こえたのか女性は涙を拭って前を向く。
滑らかな手触りの石の方を、少女の方を向いて笑った。
「でもあんたがあまりにも早すぎたからすぐに逢えない。
だから、もうちょっとそっちで待ってて。」
女性は全てを見透かすような黒曜石の瞳を
少し意地悪げに細めてさらに言葉を続ける。
「沢山お土産話を持ってくからさ、
あんたはそこで私を見てな。」
その言葉に大きく目を見開いた少女は
意地悪げなその顔を見て心底嬉しそうに微笑んだ。
「うん、うん、待ってる。此処で待ってるよ。」
今度は私がさいごまでつきあうよ。
持ってきたお酒を飲み、
桜餅を食べ終えた女性は立ち上がる。
「じゃあ、また。また来るね。」
「うん、またね。」
ゆっくりと墓石に後ろを向けた女性と、
また微睡みに沈もうと目を閉じた少女は
しばしの別れに言葉を交わした。
「「また、あおう。」」
3/10/2024, 4:23:53 AM