香草

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「静かなる森へ」

木々の影が濃くなってきた。少し顔を上げると美しい蜜色の夕陽が顔を照らす。魔王の城は目前だが、これ以上進むと夜になってしまう。
「みんな!今夜はここで野宿しよう!」
僕は後ろの仲間を振り返って叫んだ。
治療師のエルフが嫌そうに顔を歪めた。
「野宿…?ここで…?」
僕は荷物を下ろして背伸びをした。
戦士の小人も自分の身長の3倍以上ある武器を背中から下ろしながら言った。
「ここは幽霊が出るって噂で有名なんだよ」
「あ、そうなの?」僕は当たりを見回した。
「魔王の城からこの森に逃げ込む人が多いんだけど、毒草や毒木が多いから遭難してしまうと一貫の終わりなの。だから死者も多いし…」
エルフはブルブルと体を震わせた。
僕はその話を聞きながらも着々と焚き火の準備をした。
毒木が多いのは本当らしく確かに見たことない枝がそこら辺に落ちている。まあ燃やせばみんな一緒だろ。

夕食は穏やかに終わった。毒木の煙でみんなの目がやられるというハプニングがあったもののエルフの治癒魔法でことなきを得た。エルフにはこっぴどく叱られたが、いつものように牧師の獣人が仲裁をしてくれた。
「そんなに怒ると夕食も美味しくないでしょう。勇者も反省してることですし」
「でもいつも尻拭いは全部私なんですよ!?」
「神は全てを見ています」
牧師のこのセリフはこれ以上喧嘩するなら鉄槌が下るぞの合図だ。そのおかげでようやく僕は戦士が作ってくれたカレーにありつけた。
夕食後はそれぞれの過ごし方がある。いつもならエルフは分厚い魔法書を読んで、牧師は月に向かって祈りを捧げる。戦士は自分の武器の手入れをするし、僕はそこら辺をぶらっと探検する。
しかし今日はエルフが「ちょっと面白い話をしてよ」と青白い顔で言うもんだから、みんな丸くなって焚き火を囲んでいた。

「面白い話って言ってもなあ。もう何年も一緒に旅してるから今更ないだろ?」
「なんかないの?赤ちゃんの頃の話とか、友達のいとこの夫のお母さんから聞いた話とか…」
「そういうお前はないのかよ」
「エルフは同族なんてほぼいないわよっ!」
「そういうことじゃなくて…」
またエルフがブチ切れそうになると、牧師がポツリと話し出した。
「それこそ、母親の友人のいとこの夫の父親が体験した話らしいですが…」
「もう他人だよそれ」
「その人も私たちと同じようにこの森で野宿をしていたそうなんです。6人ほどのパーティで山の向こうの村の結婚式に行く途中だったそうで。こんな風に月が美しい夜のことでした」
僕らは月を見上げた。
「ふと美しい歌が聞こえてきたそうです。最初は沼のセイレーンかと思ったそうなんですが、やけに近く、そう耳元で歌われているようにはっきりと聞こえたそうです」
「ねえ、それ怖い話じゃないでしょうね…」

牧師はエルフを無視して続ける。
「それはこんな歌だったそうです」
全員がごくりと唾を飲み込んで、牧師の次の言葉を待った。
するとふいにどこからか歌声が聞こえてきた。
「え!?」
エルフが真っ青な顔で耳を塞ぐ。
戦士もすぐに臨戦体制に入った。
歌声は頭上を流れるように、そしてだんだんと近づいてくるようだった。
「なになになになに!?なんなのよ!もう!」
エルフは完全にパニックになっている。
急に強い風が吹いて焚火の火が消えた。
すると歌はぴたりと止まった。
「この森は熱されると歌のようなメロディを奏でる石があるそうですよ」
牧師はフサフサの手のひらで焚火の周りを囲っていた美しい石を取った。
「あ、それ綺麗だったから並べたやつだ」
僕は牧師の拾った石を間近で見つめた。石は小さくキューッという音を立てている。
「また、てめえか…」
エルフの顔が鬼のようになっている。
そしてその後ろに青白い顔が見えた。



5/11/2025, 11:28:53 AM