嵐が来ようとも……嵐が来るならしっかり備えて取るべき行動を準備し、落ち着いて状況の推移を見ることが第一、と考えずにはいられないトシと立場になった。命だいじに。
さて、心理的な嵐というやつもあるし、私個人の本音では、実際の気候の嵐は大好きだ。「嵐という程度」のものならば。“もっとめちゃくちゃに荒れてしまえ”…などと本当に思う。仕事で移動中の秋の山間部で、稲妻・雨・霙(みぞれ)・ひょう・雪が、ぐるぐる大回りする突風と一緒に全部盛りで顕れた短い時間、ものすごく楽しかった。運転している車のタイヤは夏タイヤ。道路はどんどん白くなってゆく。ハンドリングをミスれば事故だ。いいぞ、すっごい嵐だ!…よい子は真似してはいけませんよ。
「嵐が来ようとも」という言いまわしは、「何らかの障害が顕れたとしても」目指すところをあきらめない、という決意や心的態度を表現・表明するときに使われる。「嵐」という流れをすら、成長のジャンプアップに使う人も居る。
こうして考えてみると、嵐というやつは「くっきり」しているな、と思う。ダラダラとした苛酷さでなく、そのぶん瞬発力が通用しそうだ。
7/30/2024, 1:00:24 AM