A「トモキって、漫画の『ワンピース』好きだったよね」
B「ああ、好きだよ」
A「どんなところが好きなの?」
B「え?」
A「いまさ、言語化って流行ってるじゃん。好きなものの『どこが』・『なんで』好きなのかを言葉にすると思考が深まったり、整理されて他人に伝わりやすくなるとか」
B「嫌だよ」
A「え?」
B「なんでそんなことしなきゃいけないんだよ」
A「それは、俺だってお前の好きなものについてもっと知りたいし、自分にとってもほら、言語化することで気づいていなかったものに気づけるって言うし」
B「できないよ」
A「なんでよ。考えて言葉にするだけでいいんだよ」
B「言葉にすると嘘が混じる」
A「そんなことないって、一回やってみようよ」
B「……重厚感のあるストーリーをポップな絵柄とキャラクターによって子どもから大人まで楽しく見られる漫画として作られていて」
A「おお、いい感じ」
B「さまざまな場面で伏線を忍ばせることで考察の余地も残して……」
A「うんうん」
B「……いや、違うな」
A「え? どうした」
B「こんなことを言いたいんじゃない! これは僕の『好き』じゃない!」
A「え、お、え? ど、どうした!」
B「それぞれのエピソードのクライマックスで描かれる感動的なシーンが……? 感動的なシーン? 違う! 違う! ワンピースの魅力は、そんな陳腐な『感動的』なんていう言葉では言い表せないんだ!」
A「大丈夫だって。十分伝わるって!」
B「ふざけるな! お前は僕に嘘を言わせようとしたな!」
A「え、なになにこわい! そんなことないって」
B「言葉にできない感情を言葉にしようとすると、思ってもいないことを言ってしまうことがあるんだよ。好きというのは、至極、個人的で、抽象的で、形のない、名前のない、自分の中にしかない特別な……、そういう、ものなんだよ!」
A「ああメンドくさいオタクだった……」
B「そもそも、なんでもかんでも言語化できるなんて思ってる方が浅はかなんだ。感情をはっきりした言葉で言い表すことができるなら、文学なんて必要ないんだ。言葉は全て辞書に載ってるけど、感情は何万ページあったって『好き』っていう言葉すら伝えることができないものなんだよ〜!」
A「いま文学の話してないんだけどな」
B「とにかく『ワンピース』の好きは僕には言語化できない!」
A「わかったわかった。じゃあ食べ物。あれだ、イチゴ! 好きだって言ってたよね」
B「イチゴ……、かじった瞬間に広がる甘さと酸っぱさ。食感に彩りを加える種のつぶつぶ。そして、そして……」
A「おお、おお、それから?」
B「あの、えも言われぬ独特な味わい……」
A「え? な、なんて?」
B「これだよこれ。日本語って素晴らしいね。『えも言われぬ!』だ」
A「つ、つまり?」
B「なんとも言えない!」
A「言語化って難しい!」
4/6/2025, 1:53:09 AM