椿餅

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 どうして、なんて私が一番聞きたい。

「なあ」
「なあに」
「喉乾かんか?」
「……何が欲しいの? ……緑茶? 紅茶? コーヒー? それとも冷たいやつ?」
「そうさなァ……お前が淹れたものならば何でも美味かろうが──おお、そうだ! アレがいいな! あの、冷たい茶で、切った果実を入れた、甘くてシュワッとしたヤツ」
「何だっけ……? ……ああ、アイスティーの炭酸割り? ……アレかあ、一回しかやったことないのに良く覚えてたね。今レモンないから、オレンジでやってもいいなら作るけど」
「ふむ、ならばそれもまた良しだ。ホレ、さっさと作りにいくぞ。立った立った」
「はいはい」

 彼と付き合っている、と彼を知っている人たちに告げると、「お前は騙されている」、「何か致命的な弱みを握られたのか?」、「逃げるなら今のうちだぞ」などと、散々な言われようだった。

「お前たち、そういうのはせめて本人のいないところで言わんか」

 仲の良い友人たちからの発言に不機嫌そうにはしているものの、彼本人もそれらを否定する様子が一切ないのもまた滅茶苦茶な話だ。ある程度は言われても仕方がない、という自覚でもあるのだろうか。ないとは断言できないのがこの男の性質の悪いところだ。

「おい」
「なあに」
「手を出せ手を」
「手……? え、なんで……?」
「男心の分からんヤツだな〜! 折角並んで歩くのだから、手ぐらい握らせんか! サッササッサと一切こちらを振り返りもせずに歩きおってからに……」
「キッチンすぐそこだもん」
「距離や時間の問題ではなーい!」
「……はいはい、どうぞ」
「何だそれは! やる気ゼロではないか! 大体、お前から『一緒に行こ♡』とでも言えばこんなことにはならんのだぞ!」
「……鋭意努力します」
「そういうのは違う! 要らん!」

 ぶつぶつ文句を言いながら、彼は背後から抱きついてきた。終始聞き分けのない子どものような言動だが、体格は人並み以上に良いのでまるで後ろから猛獣に襲いかかられたような状態になる。

「全く、何て可愛げのない女だ……甘えたいとか、いちゃいちゃしたいとか、そういう感情はないのか? んん?」
「……私がそう思う前にそっちが甘えてきたり、いちゃいちゃしてくれるからそれで満足しちゃうのかも」
「……それは……なるほど、そうか……ふむ──いや! 騙されんぞ! いい加減、お前からも何かしてこい! そういうのをサボるのは許さん!」
「何か……? 何かって、何?」
「知らん! 自分で考えろ!」
「…………頑張りまーす」
「だーかーらだなー! どうしてそう素直にならんのだ! 大体、お前はいつも──」

 どうして、こんな彼と一緒にいるのかなんて。
 ──今のところ、「好きだから」以外の理由は見つかりそうにはない。

1/15/2024, 3:32:14 AM