予定より半日も早く街に着いた日だった。その街が依頼主の最後の目的地で、カランは父と隊商を離れ、その日の宿をのんびりと探していた。しかしまだ日が高いからと気の赴くままに歩いていたら、いつの間にか街の端まで来てしまったようだった。野に咲くような黄色の花が、足元で華やいでいた。
もう春なのか、少し遠いところでは畑で作業をしている人々の姿が見えた。今は隊商の護衛をしながら街から街へ、村から村へと旅をする生活をしているが、カランがもっと幼い頃は父や父の養父母たちと畑で色々なものを育てたり、動物の世話をしたりして暮らしていたのだった。あの頃は父が働いている間、養母に預けられていた。父の前ではみっともなく泣き喚くのを我慢できたが、父が見えなくなった途端カランはわぁっと泣き出して、養母を幾度となく困らせたものだった。それはきっと父にも聞こえていたに違いない。夕方迎えに来た父は、いつも全力でしがみつくカランにされるがままだった。あの日々に戻りたいとは思わないが、あの頃の父も似たような作業をしていたのだろうかと、しばらくの間眺めていた。父は黙ったまま、カランの気の済むまでその光景を眺めさせてくれた。
結局、昼過ぎまで宿は見つからなかった。というか、街に戻ろうと思っていたのに、ふたりは何故かあれからさらに街外れへと来てしまっていた。周囲に人どころか畑までなくなったところでそれに気がついて、今は来た道を戻っているところだった。道の端に黄色の花が点々と咲いていて、方向音痴のふたりに来た道を教えてくれていた。まだ民家すらひとつも見えないが、辺りには多種多様な花たちが咲き乱れ、絨毯のようにはるか遠くの森の近くまで広がっていた。そして父の背負う荷物には、いくつかの花束が増えていた。カランが父にと摘んだものだ。カランはただ父に綺麗だと見せたかっただけだったが、父が自分の摘んだ花を持っているのを見て、こんなに花の似合う人は居ない、とも思った。父は武器を持てばこそ大胆かつ冷酷無比な人ではあったが、真っ白な髪と透き通った瞳、痩せた細い躰のせいで、穏やかな顔をすると酷く儚い印象になるのだった。
「眠いか。」
短い父の問いに、カランは素直に頷いた。繋いでいた手が離れて行ったのでカランが父を見上げると、父はしゃがんで両手を広げたところだった。反射的に自分も両手を広げると、父はそのままカランを抱きかかえてくれた。下からだと見えなかったが、父の髪に、真っ赤な花びらがひとつついていた。それがとてもよく似合っていたので、カランは特に指摘せず、父の首元に鼻を埋めた。あたたかい。父の高めの体温がカランの眠気をさらに強めた。本格的に意識が薄れてきて、カランは両腕で父の首にぎゅっとしがみついた。
「ありがとうございます、ちちうえ…」
「気にするな。」
本当なら気にしたいところだったが、日の暖かさと父の体温とでカランの瞼はもう閉じていた。散歩中ずっと日に当たっていたのだろう、父の透き通った髪がいつにも増してふかふかだ。その時、心地良い風が吹いて、様々な花の香りがカランを満たした。なびいた髪に紛れて、葉っぱか何かが優しく頬に当たる。
「眠りたいなら眠るといい。宿はオレが見つけておこう。」
先程の風で乱れた髪を整えるように、父の指が優しく頭に触れた。夜眠る時に撫でてくれるのと似たその感触に、カランの体の力は完全に抜けてしまった。
「……もう眠ったのか。」
いつも無表情の父が珍しく笑った気がして、眠りに落ちる寸前、カランはとても嬉しい気持ちになった。色とりどりの花びらが、風に運ばれてふたりの髪や服を飾った。再びふたりが街に着く頃にはカランの頭にも赤い花びらが乗っかっていたが、それを知っているのはカランを抱えていた父だけだった。
4/11/2026, 8:32:13 AM