駄作製造機

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【胸が高鳴る】

時は明治時代。

時代が江戸から移り変わるこの時、妖は人の後ろめたい心に反応しどんどん増幅していき、遂には霊力のない人間にまではっきりと視認できるまでになっていた。

此処はとある花街の一角。

遊郭や飲み屋が蔓延るこの街は、宵闇を隠すように灯りが眩しい。

『よぉ兄ちゃん!吉原寄ってくかい?』

端正な顔立ち、紺色がよく似合う体。

両腕を着物の袖にしまいながらゆったりと歩く男性に、振り向く女多数。

『ぁん、、?悪いが俺はもう心に決めた奴がいるんでな。』

客引きを軽くあしらい、またゆったりと歩き出す。

だが彼が行く方向には、眩しいほどの灯りが途絶えた裏道。

その先にあるのは廃れた神社。

彼はまるで闇に吸い込まれるように呑まれていった。

ーー

やがて見えてきたのは、少しボロボロになっている神社。

錆びてはいるが煌びやかな装飾を見る限り、ついこの間まで栄えていたらしい。

俺は神社の鳥居を潜り、目の前にいる狐の石像に向かって頭を撫でた。

『コンコン、遊びましょ。』

そう言えば、狐の像はウネウネと動き出し、やがて人の姿となり目の前に現れた。

『晴巳様!お待ちしておりました!』

少年の姿の化け狐は思い切り俺に抱きつく。

キツネと出会ったのはつい先週だ。

森で罠にかかっていたところをたまたま俺が見つけて解放したら懐かれたのだ。

俺としては妖とかは信じてないタチだったから何だか新鮮だ。

目の前の狐は尻尾をブンブン振って顔を俺になすりつけて来る。

ーー

2人は寂れた社で与太話に花を咲かせる。

『なぁなぁ、もっと教えてくれよ!人間の文化!』

化け狐は楽しそうに男から話を乞う。

男はそんなキツネを剥がしながらやれやれと話を聞かせる。

『はいはい。』

いつもこうして夜が明けるまで話をするのが、2人の恒例行事であった。

ーーーー

俺はまだ300年しか生きてない見習い化け狐。

ある日、空腹だった俺は罠だと気付かずに餌を求めて罠にかかってしまった。

痛みと悔しさで鳴き続けていたら、声を聞きつけた優しい晴巳様が助けてくれたんだ。

俺たち妖は人と関わるタイプじゃないけれど、俺は昔っから人間が作り出す文化が大好きだった。

誰にも言えないこの秘密を、晴巳様にだけは言えた。

動物には感じないはずの、胸の高鳴りを俺は感じていた。

1度目は人間の目覚ましく発展していく文化を見た時。

2度目は優しい晴巳様の笑顔を見た時。

俺はいつか、人間の生活に溶け込んで、上手く関わっていきたい、、なんて、想像もできない夢を持っている。

いつか、、晴巳様とも一緒に、、なんて。

ーー

雨の日。

俺は今日もあの神社に足を運ぶ。

其処には雨に濡れたキツネが境内にいた。

『おい、どうした?こんなに濡れて、、』

人間に化けているソイツの髪を触る。

『晴巳様、、俺、雨好きだ!』

てっきり何かあって落ち込んでいると思っていたら、何だ雨が好きではしゃいでいたのか。

『何だよ、、心配したじゃねえか。』

雨の日は憂鬱になりがちだが、コイツは晴れの日の様にキラキラの笑顔を見せて俺を見つめる。

ドキ、、

心臓が少し痛くなった。

いつのまにか、俺はコイツの笑顔を見るたびに胸が高鳴るのを覚えてしまったらしい。

『?晴巳様?何処か痛い?』

『ん?ううん。何でもないさ。可愛いキツネ。』

純粋な笑みを浮かべる化け狐の頭を優しく撫で上げた。

3/19/2024, 11:39:57 AM